第173話 チョコバナナ
「キラ、できたよ!」
初め、溶けたチョコレートをキラに渡されたときには不安そうだったのが見違えるようにニジノタビビトは楽しそうにトッピングが完了したことを教えてくれた。
「いやあすごい。レイン、センスあるなあ……よく二種類でこれだけ色々できたね」
ニジノタビビトが作った八つのマンディアンはあくまでチョコバナナのおまけでしかなかったもののはずだが、ニジノタビビトの持つ独創性によって決しておまけではなくなっていた。何せ八つ全部飾りのパターンが違うのだ。
キラは今日ATMで下ろしてきたお金の使い道の一つを思いついた。まずキラが買うのはさまざまな味のチョコレートでホワイトチョコレートやルビーチョコレート、ストロベリーチョコレートもチョコレートに溶かせるフレーバーパウダーなんかも買おう。それからドライフルーツにナッツもたくさん買ってこよう。楽しみは作っていかなくちゃ勝手にできてはくれないんだ。
「それじゃあ食べようか。それはもう少し固めたほうが良さそう?」
「ん、もうちょっと、かな……」
ニジノタビビトはチョコレートに刺さったアーモンドスライスを軽く指で突いてその揺れ具合を確認した。
キラはチョコレートとビスケットを取り出した戸棚の上段のガラス戸を引いてお皿を二枚を取り出すとクッキングシートの上のバナナをそっと持ち上げて軽く裏を見てつるんと少しの凹みのない綺麗にできた方を二つ同じお皿に乗せてニジノタビビトに渡した。
「はいこっちレインの分。そのレインがやってくれたチョコレートの方はどうやって配分しようか?」
「私が、選んでもいい?」
「うん、もちろん。なんだったら全部レインの方に分配したっていいよ」
「えっ、そんなことしないよ!」
「あはは、ジョーダンだよ。じゃあ俺はお茶淹れるな、紅茶でいい?」
「うん」
キラはお湯を沸かして紅茶を淹れて角砂糖の入ったポットから自分の永い時を生きた松の色のマグカップには一つ、ニジノタビビトのマグカップには二つ入れて混ぜると、それらを持ってニジノタビビトが待っているテーブルに持っていった。
「おーし、おやつタイムだ」
「キラ、紅茶ありがとう」
「どういたしまして。それじゃあいただきます」
「いただきます」
キラはニジノタビビトと食を共にするようになる前はおやつの前にいただきますをあまり言わなかったのだが、ちょっととした見栄と、近い年頃であるはずのニジノタビビトの教育に悪影響を与えてはいけないというどこから来るのか分からない思いからおやつでもデザートでも夜食でも宇宙での旅が始められてから何かを食べる前にそれを欠かしたことはなかった。
パリッ。
キラはニジノタビビトがチョコバナナを口にしたのを見て自分もフォークを手に取った。キラが縁日で食べたことのあるものは白やピンクや黄色や黄緑のチョコスプレーがかかっていて賑やかだったが、あいにく今日はそんなものはなかったので非常にシンプルなミルクチョコレート一色だった。
うん、懐かしい。キラが最後にチョコバナナを食べたのはいつだっただろうか。最後に縁日に出かけたのはいつだっただろうか。バイトが忙しいとか繁忙期だとか言ってシアばらく足を運んでいなかったが、それがいつだかも分からなくなってしまった。
「キラ、これ美味しいね! チョコレートはパリパリでバナナは柔らかいから食感に違いもあるし、この組み合わせに失敗があるわけがなかったな……」
よかった、とキラは思った。そして、さまざまなチョコレートとドライフルーツ、ナッツの載った買い物リストにチョコスプレーを追加した。