第170話 おやつタイムの準備
「キラ、私、頑張るよ。でも昨日みたいにはならないようにする」
「……うん、そうして。俺は俺のこの星での生活がそりゃ大事ではあるけど、今は何よりレインが大事なんだ」
「うん、ありがとう、キラ」
ニジノタビビトが頑張るとはつまり、キラとニジノタビビトの別れが近づくことを意味する。しかし、いつまでも惑星メカニカにとどまり続けることはできない。そうすればニジノタビビトは記憶を取り戻すこともできなければ、虹をつくることができる理由もわからないままだし、キラに至っては根無し草になってしまう。
「でも今日はゆっくりのんびりして、お腹いっぱい食べて、またしっかり寝よう。そのためにまずおやつタイムにしよう」
キラはそう言うと踵を返して冷蔵庫に向かい、一度中を開けてぐるっと見回して閉じてから考え始めた。
さて、そうは言ったものの何にするか。
今日の夕食はカメルカともうすでに決めてあるし、デザートも決めてあるのでおやつはあまりしっかりと量のあるものにしない方がいい。しかし、今日はのんびりと身体と心の休養することにしたからおやつタイムにはしたい。
「あ、そうだ……」
キラは冷蔵庫から視線を右に九十度ずらした。よし、ある。それから冷蔵庫横の戸棚に入っているものを確かめるとニッと笑った。
「レイン、今日のおやつはチョコバナナにしよう」
「……チョコバナナ?」
ニジノタビビトは似た名前でショコラバナーヌは聞いたことがあった。おしゃれなケーキだとかドリンクの名前なんかになっているやつだ。
それはキラと出会う前、食事の手段が混ぜるだけ焼くだけ煮るだけの調理とインスタント、レトルト、外食だった頃。簡単な調理はできるニジノタビビトが好きな甘いものを食べる手段といえば買って食べるのみであった。作るだけのスペックが宇宙船のキッチンにはあっても本人にはなかったのだ。
だから食料補給の星ではその星だけで食べられ、賞味期限が短いもの、そもそも消費期限が付けられている甘いものを探して歩いたりもしていた。
そしてある時ある星あるカフェで飲んだのがショコラバナーヌという商品名のドリンクだった。あれは甘くて濃厚でバナナの風味も効いていて非常に美味しかった。
確かあれには主にチョコとバナナとミルクが使われていたから、何かそういうものだろうか。
「ショコラバナーヌのこと?」
「いやいや、なんかそんなおしゃれなやつじゃなくて。惑星メカニカでは主に夏の縁日に屋台が出るんだけど、その時に売られてるんだ。そんなに作るの難しくないし、すぐできるからさ」
キラは時計を見て、おやつには早い時間であることを改めて確認した。これからチョコを溶かしてバナナにまとわせて、冷やす。夕食の時間と空腹具合から逆算しても十分だろう。もしあれだったら夕食の時間を少し遅らせてもいい。
キラは戸棚からチョコレートを取り出すとクッキングシートをひいたまな板の上で荒く刻み、耐熱ボウルにあけて電子レンジに入れて少しずつ加熱して焦がさないようにしながら溶かし始めた。電子レンジの中のターンテーブルが回っている間にバナナを二本皮を剥いて筋を取ってから半分に切って切り口に先の細長いデザートフォークに刺す。
チョコレートはまだ塊が残っているくらいで取り出してスプーンで混ぜれば残りは余熱で溶ける。
キラはニジノタビビトを手招いて近くに呼ぶと耐熱ボウルを傾けてバナナをチョコレートに潜らせた。
「はい、固まるまで持ってて」
「え、う、うん」
ニジノタビビトは言われるがままバナナが縦になるように、そっと持った。キラは次のバナナをくぐらせてそちらもニジノタビビトに渡したところで流動性がなくなってきたチョコレートを再度電子レンジに入れた。
ニジノタビビトはキラの方をチラチラ気にしながらもバナナが落ちてしまわないように、チョコレートが落ちてしまわないように少し寄り目になりながら両手に持ったバナナをじっと見ていた。