第17話 ごはんを食べましょ
「ん、熱っ」
キラは規定の茹で時間よりも少し早くにパスタを一本とって硬さを確かめた。ふうふうと息を吹きかけてから口に入れたもののまだ熱かった。パスタの硬さは少し硬めといったところで、スープにつけたままいただくものなのでこれくらいで良しとすることにした。
「これくらいですね。よし、盛り付けましょう」
ニジノタビビトはその声にハッとして、少し深めの広い同じ皿を二枚取りだした。キラはトングを使って取り分けてから、少し悩んだものの、面倒くさがらずにおたまを使ってスープを二つに分けた。これがキラの自宅であったのなら、フライパンから豪快に直で皿に移していただろうし、なんならフライパンでそのまま食べていた。
ニジノタビビトは盛り付けられていく様を青みがかったグレーのキラキラした目で見ていて、キラには無いはずの横に動くしっぽが見えた気がした。キラはそれを見て今日は簡単にしたけれど明日以降はもっと品数を増やして、デザートも作ろうと心に決めた。
「キラ、作ってくれてありがとう。すごく美味しそうだ」
キラは食費を抑えるためにも自炊をしていて、料理自体は嫌いではなくむしろ好きだったからこそ楽しく続けられたが、ふと寂しさのようなものを感じることはあった。滅多に人に振舞うこともないため、自分のつくった料理がこんなに歓迎されたこともなかった。
キラにとっては自分が作った料理がこんなにも喜ばれることが、ニジノタビビトにとっては誰かが作ってくれた料理を二人で食べることがそれぞれ嬉しかったのだ。
「いえ、そんなに喜んでくれてよかったです。今日は簡単にでしたが、明日は品数増やしたりして作りますからね。それじゃあ、いただきます」
キラは両の手のひらを合わせて軽く目をつむってから「いただきます」と口にした。ニジノタビビトは左手にフォークを持ったままキラを見てポカンとした。
「キラ、イタダキマスってなんだい?」
「ああ、ごはんを食べる前にこれから自分の血となり肉となってくれる食材たちと、食材に携わった方たちに感謝を込めて言う食前の挨拶ですよ。食後はごちそうさまって言います」
ニジノタビビトは少し俯いてから左手に持ったフォークを置いて、キラの真似をしてぎこちなく両手を合わせてから目をぎゅっとつむって少し片言でイタダキマスと言った。
キラは年端もいかぬ子供に教えているような気分になりながら微笑ましくなった。いただきますと言うときに目を軽くつむるのはキラのなんとなくの癖で別につむる必要はないのだが、ぎゅっと目をつむる姿がなんだか可愛らしかったので今度教えることにして今は黙っていることにした。
「さ! パスタが伸びちゃわないうちに食べましょう」
キラとニジノタビビトは改めてフォークを持ち直してパスタを絡めて口に運んだ。
今日は、フウというよく脂ののった柔らかいことが特徴の鳥肉と、キラは初めて食べるキラの知るところのシメジに似たきのこのススリ、それからキャベツを入れたコンソメのスープパスタである。
「んん、パスタは食べたことがあったけどスープパスタは初めて食べたよ。なんか、何て言うのかな、ちょっと特別感があるというか、ちょっと楽しい。あっ、もちろんすごく美味しいよ!」
ニジノタビビトは食べることについての感想が多く味についての感想を言うのが苦手であるらしかった。それでも必死に感動を伝えようとしてくれていることは十分伝わっていた。
キラはスープパスタは野菜も肉も魚介も一皿で摂れて温まって美味しい上に簡単に作れるので、よく作っていた。鍋もよく作ったけれど、スープパスタは炭水化物も摂れるので結局こっちだった。
「このきのこ、初めて食べましたけど、シメジに似てますね。いや、宇宙船で作るのは緊張したんですけど、美味しくできてよかったです」
二人は音がならないようにそうっとフォークとスプーンをお皿に置いて、ふうと息をついた。ひとくちふたくちの頃はスープパスタについて感想を言っていたキラもニジノタビビトも、すぐに話すのをやめて黙々と食べてすぐに完食してしまった。
キラが両手を合わせてニジノタビビトの方をチラリと見ると、ニジノタビビトは少し慌てた様子で同じように手を合わせた。キラがニコリと笑うとごちそうさまでした、と言うとそれに続いてニジノタビビトもゴチソウサマデシタ、と慣れない様子で口にした。
二人とも、特にキラは今日色々なことがあったもので、空腹を特に感じにくかったが随分とお腹が空いていたらしかった。それと、キラは宇宙船での食事という環境が、ニジノタビビトは誰かの手料理を一緒に食べるという状況がいいスパイスにもなっていた。食べ終わってからキラはやっぱり何かデザートでも用意すればよかったなと思って軽くお腹を撫でた。
しかしキラは忘れていた。ニジノタビビトが甘いものが好きで準惑星アイルニムの市場で焼きチョコを五袋も購入していたということを。紅茶に五個も角砂糖を入れる人がデザートになるものを常備していないわけがないということを。