第167話 洗いもの
キラは後ろをときどき警戒しながらも、あれ以降見知った顔を見かけることなく宇宙船近くまで来ることが出来た。
何となく嫌な予感がしてしばらく草の生い茂ったところに身を低くして隠れて様子を伺ったが、しばらく見ても誰かが現れるということはなかったので、気にしすぎかとそっと立ち上がってさっさと宇宙船の入口まで行ってロックを解除した。
「ただいまー……あれ、レインいる?」
宇宙船の入り口がピッタリとしまったことを確認したキラは照明がついたままであることに気づいて辺りを見回した。
ニジノタビビトは外に出る時いつもちゃんと照明を落としていたはずだから外に出ていないのだろう。入り口からは見えないが自室にいるのだろうか。
「っと……」
危なかった。大声で「レイン!」と呼んでしまうところだった。
キラは膝がパキッと鳴ってしまわないようにゆっくり膝を曲げてソファーの近くにしゃがんだ。ニジノタビビトはソファーに沈み込んで眠っていた。入り口のところからは背もたれの影になって見えていなかったのだ。
「どれくらいここで寝てるんだろ……」
キラはとりあえず洗面所に行って手洗いうがいを済ませてしまうことにした。
洗面所をでたキラは椅子の上に通信機と財布を置こうとテーブルに近づき、食器がそのままになっていることに気がついた。しかし皿の上に食べ物は何も残っておらず、ジャムやクリームはないのでそれらは冷蔵庫にしまったらしい。
「全部食べてくれたんだ……」
キラはニジノタビビトに食欲があったことに安心して、ひとまずこれらを片付けてしまうことにした。
ニジノタビビトはいつも食べ終わったらすぐに食器をキッチンまで運んでくれていたので、今日はよっぽど眠かったか、自分がまだいなかった時はこうでちょっと洗い物を溜め込んだりしていたのだろうか。
キラだってニジノタビビトと一緒にいるからしゃんとしているが、アパートで一人暮らしをしているときは洗い物をサボって翌日の朝唸りながらやることもあったし、洗い物が増えないようにフライパンから直接食べることもしょっちゅうだった。
「いや、でも水節約するなら片付けはまとめてのほうがいいか……」
キラは食器とカトラリーを食洗機に突っ込んでスープの鍋だけ手で洗いながら独り言を呟いた。
今は星に停泊しているのでそこまで節水を気遣う必要がないが、宇宙ではそうも言っていられない。
そうなるとニジノタビビトのこれは自分のような怠惰ではなく癖がたまたま出てしまっただけとも考えられる。
鍋を洗い終えたキラはタオルで手を拭いてリビングの方へ戻っていった。