第164話 《翡翠の渦》の論文
「あの、《翡翠の渦》ってやっぱり警察でも色々調査してたりするんですか? そのやっぱりあんなに巻き込まれちゃうと気になって……。単純な興味なので答えられないことだったら全然大丈夫なんですけど!」
キラは言っている途中でもしや守秘義務のようなものがあって言えない可能性もあるのではないかと慌てて興味で聞いたということを付け足しながら問いかけた。
キラは聞き取りのために回顧するうちに、自分は《翡翠の渦》に巻き込まれた経験や知識をもとにニジノタビビトの記憶を取り戻すために協力することを理由に宇宙船の同乗許可が下りたことを思い出したのだった。
もちろん宇宙船に乗せてもらって初めの頃は《翡翠の渦》の経験について話したりしたが、それも惑星クルニでラゴウやケイトたちと出会うまでの話で、それ以降はキラにも話せることがあまりなくなってしまった。それはそもそも分かっていないことが多い上に、キラはほとんど勿体ぶらずにさっさと話してしまったせいでもあった。
しかし今キラがいるのはニジノタビビトの記憶の琴線にかすかに触れた《翡翠の渦》が唯一観測されている星。
ニジノタビビトは惑星メカニカから遠く離れた星々を旅してきた。つまり《翡翠の渦》を知り得ないはずなのだ、実際には何か似た言葉があっただけかもしれない。空振りに終わるかもしれない。この名だって渦の色が翡翠に似ていたからこの星の人々がそう呼んでいるだけなのだ。何も分からない可能性の方が高い。
それでも、ニジノタビビトが記憶を取り戻したいと願っていて、そのトリガーになり得るかもしれないものが目の先にあるのにキラが手を伸ばさない理由はなかった。
「ああ、《翡翠の渦》ね……。全く私たちの管轄ではないとは言えないわ。人が消えているんですもの。でもあれはもはや超常現象と言っても過言ではない……だから私たちが知っていることもインターネットで調べられるくらいのものよ」
「そう、ですか、そうですよね……」
「あ、でも確か……」
そう呟いたタシアに二人の視線が集まる。タシアはキラから聞き取った内容を書き起こすために使っていたノートパソコンを開いてキーボードを打ち込み始めた。
「あった、ラズハルト君、これを見てください。最近《翡翠の渦》に関する論文が新たに公開されたんです」
「タシア、よく知っていたわね」
「ええ、まあ。ラズハルト君のこともあって軽くですが調べたんです。これが公開されたのはついひと月ほど前なので、ラズハルト君はご存じないのでは?」
「はい、知りませんでした……。あの、メモさせてもらってもいいですか?」
「はい、もちろん構いませんよ。ただ……」
キラがノートパソコンのディスプレイに表示された検索のキーワードと紫色になった文字のリンクに書かれているタイトルをメモしようとポケットから通信機を引っ張り出した時にタシアは言い淀んだ。
「その論文、私も冒頭だけ読んだのですが、眉唾ものとも言えそうで、そもそも論文と言えるか……。まあこの現象自体が何も分かっていないことばかりなので致し方ないとも思いますが……」
「そう、ですか。でも情報をありがとうございます。とりあえず読んでみます」
「はい。しかし、実際に巻き込まれてしまったラズハルト君が読めば何か分かることもあるかもしれませんね」
キラはタシアの言葉を聞きながら自身の通信機の画面にメモされた『翡翠の渦 論文』という検索ワードと「翡翠の渦における現状と一考察」という何ともふわふわとしたタイトルの文字を睨みつけた。