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第162話 キラの口座


「そうだ、ラズハルト君。口座のことだけど」

「あ、そうだ、どうなりました?」


 今日は聞き取りをする前にニジノタビビトが、キラをこの星まで送ってくれた人が体調不良であるため、それが回復するまではこの星を旅立たないし、予定も立てられないことを説明した。当然、会えるかどうかという状況ではないことも。

 今日来た時にはルーランドもアメルデもいたのだが、キラをこの星まで送ってくれた人のことを聞くとそれは致し方ない、とひとまず《翡翠の渦》についての聞き取りから進めると言ってくれた。そして多忙であるルーランドはもちろん、アメルデにも他の仕事があるため聞き取りは基本的にタシアが一人で行ってくれた。

 それは《翡翠の渦》に巻き込まれてからについて、いくらか嘘をつかなくてはならないキラにとって幸運だった。


 キラは昨日の体調の悪そうなニジノタビビトと、それについてルーランド、アメルデ、タシアに話さなくてはいけない緊張、決死で嘘をつかなければいけない状況があってすっかり口座のことを忘れていた。


「はい、確認しましたが無事に引き出せますよ。君は扱いとしては行方不明が近いですから口座が凍結されたわけでもありませんでした」

「そうですか、よかった……」


 これで、ニジノタビビトにしてやれることが増える。これまでキラはニジノタビビトに料理の腕などでは役に立ってこれたが、自分の金が使えるようになればもっとニジノタビビトにしてやれることも一気に幅が広がるだろう。

 キラの暮らしは決してゆとりのあるものではない。奨学金やら助成やら一部学費免除やらの制度があれど、自分で学費や生活費を稼いでこなくてはいけなかったからだ。

 だからパンを自分で焼いてみたいなと思っても結局道具なんかを揃えることを考えて辞めてしまったことがあった。結果的にニジノタビビトと出会って実際作ってみてそこまで専門的な道具が必要ないことも、バターを使う量も少ないおかげで強力粉を買う場所を選べば惣菜パンや菓子パンなんかは意外と安く収まることを知ったのだが。

 キラは巻き込まれる前、キャッシュカードは財布に入れたままにしていたのでこれで今すぐにでも金が引き出せる。

 キラは休憩スペースの壁にかけられた時計を見た。昨日と似た時間に終わってATMに走ればおそらく手数料をかけずに引き出せるだろう。キラは今日にでも金を引き出すことを決めた。となれば今日何時に帰れるかだが……。


「今日、この後はどうするんですか?」

「ああ、それなんですが、もう《翡翠の渦》について聞き取りはほとんど終わりましたから残りを聞き終わったらもうできることはないんですよね。そもそもラズハルト君は自分の意志で行方不明、というか失踪したわけではありません。ですから《翡翠の渦》に巻き込まれてからのことを聞ければ他に聞くことはあまりないんですよ。ラズハルト君をこの星まで連れてきてくださった方も体調不良とのことですし……」

「あの、じゃあ今日って昨日より早く帰れたりしますか……? 看病できるならしてやりたくて……」

「ああ、その方はラズハルト君しかこの星に知り合いの方がいらっしゃらないんですよね……。そうですね、《翡翠の渦》について聞き取りが終わりましたらルーランド警視正とアメルデ警部に聞いてみましょうか」

「ありがとうございます!」



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