第161話 キラの嘘
「ひゅよえ…………」
「ラズハルト君、大丈夫ですか?」
キラは休憩スペースの自動販売機横に置かれた、ところどころ皮の剥がれた黒いソファーに沈み込んで口から変な声ともいえない音を漏らした。今日、キラは早起きして、スコーンを二種類も焼いて一人で朝食を取ってニジノタビビトに手紙を書いたあと、警察署に来た。そして午前中にキラがされたことは《翡翠の渦》に巻き込まれてから仔細な事情聴取だった。
「あはは、その、なんか慣れないことってやっぱり緊張するし体力使いますね……」
「そうですよね……。よければこちらどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
キラはタシアが自動販売機の取り出し口から出して手渡してくれたお茶のペットボトルのキャップをひねって、一口で五百ミリリットルの四割ほどを飲みきってふうと息をついた。
キラがこんなにも疲労しているのは、何も事情聴取に緊張しただけというわけではなかった。キラは此度の《翡翠の渦》に巻き込まれてからの話を、嘘を織り交ぜながら話さなければならなかったのである。
それはニジノタビビトが所有しているあの高度なスペックの宇宙船の能力を隠すため、そしてニジノタビビトがしていることを隠すために必要不可欠だった。
ニジノタビビトの宇宙船はまず燃料が特殊だ。ニジノタビビトが虹をつくれる人とともに生成したカケラから抽出したエネルギーを利用している。
キラは自分が惑星メカニカに帰還できたことで《翡翠の渦》に巻き込まれてからのことを聞かれることは当然予想していた。そしてその中で、巻き込まれた後にどの星に飛ばされたかなどを真っ先に聴かれるであろうことも予想していた。
しかし、これを馬鹿正直に準惑星アイルニムだとでも答えれば、その距離から宇宙船の速さが少々特殊であること分かってしまう。どうやら現在作られている宇宙船のスペックとして、約四ヶ月で準惑星アイルニムから惑星メカニカまで来るのが不可能ではないようだが、その話をするとそんな宇宙船をどこから、という話にでもなりかねなかった。そうしたら面倒なことになるのは目に見えていた。
もし万が一宇宙船を見せてくださいとでも言われでもしたら? それで宇宙船の燃料が特殊であることに気づかれてしまったら? 可能性が低かったとしても、そんな嫌な想像が一度出てしまえばキラは対策をしないわけにはいかなかった。
そのためキラは《翡翠の渦》に巻き込まれて飛ばされた先の星を違う星で供述することに決めたのだ。これは調書という公文書に残されるとしても、キラがニジノタビビトを守りたいという自分の望みを叶えるために決めたことだった。
キラは思い出すのを装いながら変なところがないように必死に頭を巡らせて心の中で何度も大丈夫と唱えた。
それでなんとか惑星メカニカまで来たことを話おえて一度休憩となったわけだ。と言っても何も全てをでっち上げて話をしたわけではない。ラゴウやケイトと出会った惑星クルニを飛ばされた星ということにしたのだ。
キラが《翡翠の渦》に巻き込まれた日から七日で惑星クルニにつき、そこでは出立まで九日を要した。この十六日間があれば宇宙船のスペックは目立たないと予想した。
つまり、嘘と言っても最初の星の名前と、星の滞在期間を短く言ったくらいなのだ。キラにはきっとバレやしないという確信があった。