第160話 一人の朝食
夜、キラはニジノタビビトによく寝るように言った。睡眠をよくとることで改善されるものが少しでもないかと思ったのだ。明日はキラは警察署に行く予定がもう既にあるため起床時間は今日と同じだし、そうすると共に朝食も取れないことになるが、それよりも今は休んで欲しかった。だからキラはひとまず明日一日休んでそれから虹をつくれる人を探すくらいゆっくりでも大丈夫だと言った。
ニジノタビビトとしては流石に明日一日虹をつくれる人を探さないわけにはいかないものの、今日の状態を自分でも振り返って、キラの言葉に甘えて明日はゆっくり起きることにして布団の隙間に体を潜り込ませた。
翌朝、ニジノタビビトはゆっくり寝ることはできたおかげで少しだけ気が楽になっていた。しかし虹をつくる人を見つけられていない焦りが消えたわけではない。
時計を見てキラがもうとっくに出てしまった時間であることを一応確認して、なんだか気力もなくて着替えないまま宇宙船のリビングに出た。
ペタペタと裸足のまま空間の中央にあるテーブルにまでを歩を進める。自室を出たところからテーブルの上に色々乗っているのが見えたのだ。
テーブルにはラップのかけられたお皿と瓶がいくつか、それからカトラリーが並べられていて共にメモも置かれていた。メモはそこそこの大きさがあって、しかもそれにびっしり書かれていたものだからなんだかおかしくて笑ってしまった。
『レインへ。おはよう。ゆっくり寝られた? 今日の朝ごはんはスコーンにしたんだ。プレーンのとチョコチップのとあるよ。プレーンのに乗せるジャムとクリームは好きなのを好きなだけ使って。食べるのがしんどかったらスープもつくってあるからそれだけにしてもいいね。スープも難しかったら仕方ないけど、でも何も食べないのは心配だからせめて飲み物だけはしっかり飲んでね。今日の朝食は明日とかでも食べられるから食べたいのを食べて。もちろん置いてあるものは全部食べても構わないよ。キッチンには器に移してあるコンソメのスープがあるから、よかったら電子レンジであっためて食べてね。飲み物はティーバックを出してあるし、ホットミルクやココアを入れたっていいから好きなものを飲んでね。心配だからできる限り無理はしないでくれると嬉しいな。それじゃあ、今日もいい一日を。追伸、今日の帰宅時間聞いてくるの忘れちゃったけど、よっぽど遅くなるようなら一度宇宙船に戻って、レインがいなかったらリマインダーにメッセージ残すようにします。キラ』
「ふ、ふふ。いっぱい書いてある」
ニジノタビビトは胸の辺りがじんわりと温かくなるのが分かった。ニジノタビビトは早速キッチンに行って紅茶用のお湯を沸かしている間にスープを電子レンジで温め始めた。ティーバックにお湯を注いで紅茶を蒸らしている間に、先にテーブルにスープを持っていき、紅茶には砂糖とミルクをたっぷり入れてからこちらもテーブルに持っていき、席についた。
「いただきます」
ニジノタビビトはまず一口ミルクティーを口に含んでからラップをとってチョコチップのスコーンを口に運んだ。
「……うん、おいしい」
ニジノタビビトは一人で食べる朝食はきっとすごく寂しいだろうなと思っていたが、そんなことはなかった。いや、実際に一人ぼっちで食べるのは寂しいが、それ以上にキラがニジノタビビトのことたくさん考えて用意してくれたのだろう朝食と、思いと文字のつまった書き置きが嬉しかった。
ニジノタビビトは結局お皿に乗っていたスコーン全部、二種類二個ずつ計四個とスープを完食し、ミルクティーも今しがた飲み切った。
「――流石に食べ過ぎたかな。でも、おいしかったな……」
ニジノタビビトはさっさと食器を食洗機に入れてしまえばいいのは分かっていたが、少しだけ、と思って食べ終わった食器をそのままソファに移動して深く沈み込むと重くなる瞼に逆らうことなく目を瞑った。