第154話 貯金と結果と断定
ニジノタビビトと、今日の晩御飯のことについて考えているうちに、キラはふと思い出したことがあった。
「――そういえば……」
「どうしました?」
キラと机の対角線上の席についてノートパソコンに向かっていたタシアがキラの呟きに反応した。
「あの、俺って銀行からお金、下ろせるんでしょうか……?」
キラは今日の昼にした買い物で、財布に残っていたお金をまあまあ消費してしまった。衣食住でいえば衣、つまり服はアパートに残っていたものもあったのでそれを着るから出費の予定はないし、住も今の所ニジノタビビトの宇宙船を借りている。だから今の所キラの出費として想定されるのは食とニジノタビビトのために使いたい何かくらいのものだが、その使い方が預金がおろせるかどうかで大きく変わることになってしまう。
「なるほど、困りますよね。……ちなみに今までは?」
「あ、元々巻き込まれちゃった日は買い物に出る予定だったんで多めに財布に入れてたんです。それで持ってたんですけど……」
「分かりました。確認の上、手配しましょう。ただ、本日中は難しいかもしれません……」
タシアが腕時計を見たのに釣られてキラも部屋にかけられた壁時計に視線をやった。ちょうどもうすぐ銀行が閉まってしまう頃合いだった。
「明日の午前中には下ろせるようにしますが、今日は大丈夫ですか?」
「あ、はい! 今日、明日くらいは大丈夫です。すみません、よろしくお願いします」
「ラズハルトくん、これに関して君が何か悪いことをしたということはありませんから、謝らなくていいんですよ」
「あ……、ありがとう、ございます」
「はい」
タシアは再びノートパソコンに向かい直したが、キラはなんとなく面映くてしばらく意味もなく口の中で舌をモゴモゴとさせていた。
「お待たせしました」
ルーランドがアメルデと共にキラの待つ部屋に戻ってきた。手には書類を持っていて、表のようなものが書かれているのが裏からなんとなく透けて見える。
「結果が出ました」
机を挟んで向かい側に座ったルーランドにキラは背筋を伸ばした。もう既にフェルト先生に太鼓判を貰っていたし、キラは自分がキラ・ラズハルトであることに当然の自信を持っていたが、それはそれ。緊張はするのだ。
「あなたの経歴ほか証言、血液型、健康診断と身体測定の数値、そして何より歯型とその治療痕。全ての結果を照らし合わせ、私どもはあなたがキラ・ラズハルトさんご本人であると断定しました」
キラは爪が手のひらに食い込むくらいの力を込めて拳を握りしめた。その痛みがこれが現実であることを知らせてくれた。
「改めて、キラ・ラズハルト君。我が惑星メカニカを故郷に持つあなたが《翡翠の渦》などという災厄に巻き込まれながらも無事に帰還できたことを心よりお慶び申し上げるとともに、その勇気と行動力に溢れた帰還を同じ星の同胞として誇りに思う」
その時、キラは初めてルーランドにその名前を呼んでもらえた。