第152話 振り出しに戻る
紫がかった黒髪の青年はさっさと終わらせてしまおうと手のひらの上に乗せられたカケラをケース越しにゆっくりと、しかしぎゅっと握った。沈黙が二人の間を支配する。もういいかと数拍待ってからニジノタビビトが青年に声を掛ける。
「あの、どうですか……?」
「……どうって言われても……。うーん、思ったより冷たいなって感じですかね……」
「そう、ですか……」
やはりニジノタビビトの勘の通り虹をつくれる人は彼ではなかったらしい。
キラに迷惑をかけたくないためにも早く虹をつくれる人を見つけたかったニジノタビビトにとって残念な返答だったが、なんとなく、ニジノタビビトの中でその言葉予想できていた。ニジノタビビトはペンダントトップを手のひらの中に返してもらうと、腰を九十度弱ほど曲げて頭を下げた。
「突然すみませんでした。ご協力いただきありがとうございました」
「はあ、じゃあ俺はこれで……」
青年は困惑と迷惑を隠さない声音でそう言うと踵を返した。
ニジノタビビトは少し紫がかった髪の青年の靴が遠のいていくのを頭を下げたまま見ていたが、しばらくすると頭を上げてまっすぐ先を見た。彼はもうとっくに遠くまで行ってしまっていた。
ニジノタビビトは前を見たまま手のひらに返されたラゴウのカケラをペンダントトップ越しに握りしめたが、いつの間にかカケラの熱は感じられなくなっていた。こればかりは仕方がない、焦ってさっさとカケラを握らせようとしてしまったこともよくなかったかもしれない。また振り出しからだ、とニジノタビビトは肩を落としたが、マイナスな方向に考えが引っ張れるのを振り切るようにブンブンとかぶりを振ってひとまず一度休憩するかと駅のほうに歩き出した。すごろくならば振り出しに戻る、一回休みといったところかなとニジノタビビトは苦笑をこぼした。
カケラに意識を向けつつ、そして先を行った紫がかった黒髪の男性に追いつくような不審なことはしないように時間をかけて道を歩いた。しかしマップが最も近いと教えてくれた駅の少し手前にある個人営業のカフェにたどり着くまでカケラが熱をはらむことはなかった。
ニジノタビビトはとりあえずカフェに入って二人掛けの小さなテーブル席に案内されると、おすすめだとメニューに書かれていたホットカフェモカを注文した。チョコレートのソースで花が描かれたカフェモカはフォームミルクが蓋をしてなかなか冷めないので、ちびちびと時間をかけてカフェモカを飲んでいた。ときどきペンダントトップのケースの中のカケラを握りしめるが、やはり何かを教えてくれることはなかった。
――ブブブ。
「ん」
ニジノタビビトはマナーモードにしていた通信機を取り出してポケットからロック画面を見た。
「リマインダー……、キラだ」
そこにはキラが宇宙船からリマインダーを利用してニジノタビビトに送ってきたメッセージが表示されていた。
「晩御飯、作ってくれるんだ。じゃあ、それまでには帰れるようにしたいな」
ニジノタビビトはとりあえずカフェモカが飲みやすくなるまでの間にムニエルとホイル焼きの違いを調べてみることにした。