第151話 不審な言動
ニジノタビビトは振り返った人物を見てあれ? と思った。これは今までさまざまな人と虹をつくってきた経験による勘だったが、この人ではないかもしれないという気がしてしまったのだ。しかしカケラの熱は自分のいる場所からごくごく近いところに虹をつくれる人がいると教えてくれているし、今までカケラが間違えたことはない。あたりを見回してみたが、目の前の彼以外に近い距離にいるのは車道を挟んだ反対側に杖をついたおばあちゃんの歩行者がいるくらいだった。
「あの……?」
声をかけてきたくせにあたりを見回しながら黙りこくってしまったニジノタビビトを変に思ったのか紫がかった黒髪の男性が声をかけてくる。その男性は若く、おそらくキラと年がそう変わらないのではなかろうか。着ているのはシンプルなシャツにスラックスにカーディガンといった格好だった。
「あ、すみません。その……ちょっと握ってほしいものがあって……」
言ってからニジノタビビトは自分でこれはなんというか、痴漢とか変質者みたいな言動だなと自分で思ってしまった。ニジノタビビトは慌てて弁解するように両手を振った。
「あの、違くて、この石! この石を握ってなんか思うところないかなって!」
「はあ?」
どうしよう! と思いながらニジノタビビトは胸元から首にかけたペンダントトップを取り出して叫ぶようにして言った。
ニジノタビビトは普段の調子を盛大に崩して自分がかけている言葉を誤っているのに気がついていながらも修正ができないでいた。いつも自分は虹をつくれる候補の人に出会った時に最初なんと声をかけていただろうか。そんな冷静な思考が頭の中の一部にあるのに、出てくる言葉はこれっぽちも冷静じゃない。
反対側の歩道にいる歩行者が思わず声が大きくなったニジノタビビトに気がついてなんだなんだとこちらをの方を見ているのがなんとなく分かった。
「あの、もう行きますね」
「あ、まって、まってください! これ、この石を手のひらに握ってください。それで、感想を聞かせていただくだけ、お願いできませんか! すぐに終わります。それだけですから!」
ニジノタビビトはもうどうすればいいのか分からなくなっていた。それでもひとまずカケラを握ってもらえさえすれば分かるだろうと思って半分投げやりになっていた。
紫がかった黒髪の男性は眉間に皺を寄せて明らかにニジノタビビト変に思っているようだったが、カケラを握るだけで解放されるなら、と思ったのか恐る恐る右手を差し出してくれた。
ニジノタビビトはチェーンを離さないまま彼の手のひらにペンダントトップになっているケースを乗せようとしてピタッと止まった。
「……ん?」
ニジノタビビトは今なんだか呼ばれたような気がして振り返る。
紫がかった黒髪の青年はカケラを手のひらに乗せようとしないニジノタビビトを見て眉間の皺を一本増やした。
「どうしました?」
「あ、いえ、今呼ばれた気がして……」
すみませんお願いします、といいながらニジノタビビトは彼の手に触れて万が一にも不快な思いをさせてしまわないように、そっとケースを彼の手のひらの上に落とした。