第149話 ファントムバイブレーション
気合いを入れたってニジノタビビトができるのは服の下に隠したペンダントトップのケースの中のカケラに意識を向けて歩くことだけだった。しかしずっと意識を向けているせいでなんだかカケラが熱を持ったような気がして胸元を握りしめてキョロキョロと周りを見渡しながらその熱がファントムバイブレーションかのような幻だったと気づくということを繰り返していた。
実際には熱を持たないカケラに落胆しつつも、昼食はテラス席のあるカフェでとって少しでも多くの人とすれ違うことを狙っていた。
「なかなか見つからない……」
ニジノタビビトは焦っていた。キラと出会う前は虹をつくれる人探しというのはもっとのんびりやっていた。だってこれは人の心にまつわるものだから焦ったってしょうがないと思っていたのだ。ニジノタビビトは今だってそれを分かっている、分かってはいるのだが。
昨日のキラの成果についてあまり詳しく聞いていないが、キラは着実にこの星で生活していくための基盤を取り戻しつつあるようだから、ニジノタビビトはいつまでも自分がこの星にはいられないと思っていた。そもそもキラがどうしてこの星に帰ってこられたのかを聞かれないわけがないのだ。キラはニジノタビビトをレインという名前で話すと言っていたが、ここまで送り届けるという人物が本当に善意であっても、不審に見られるのは致し方ないだろうという考えがニジノタビビトの頭にはあった。
そもそも今キラは多少の嘘を交えて一部を隠匿して役所や警察に話しているのだ。これがのちに露呈でもしてしまえばそれは、キラが罪を背負わなくてはいけないことになるかもしれない。その可能性を少しでも低くするためにやはり自分はさっさとこの星を出ていかなくてはいけない。ニジノタビビトはキラのことが大切で、大好きだから。
「やっぱり、キラが住める場所が見つかったらこの星を出ていこうかな……」
今はキラがこの星で生きていくために、まず自分がキラ・ラズハルトであることの証明をしている。それができれば喧騒に巻き込まれながらも徐々に元の生活に戻っていくことは可能なはずだ。そうなってしまったらニジノタビビトはもう自分がキラを傷つけてしまう原因にしかなり得ないのだと思えて仕方がなかった。
ただ、今はまだキラがこの星で一人で生きていく準備が整っていないから、それまではこの星で虹をつくれる人を探そう。できる限り長い間キラと共にいるため、できるならもう一度ニジノタビビトと虹をつくれる人がつくる虹をキラに見てもらうため。そうして、少しでも、キラの記憶中にニジノタビビトと名乗るレインという人物が、友人がいたのだと覚えいてもらうため。
ニジノタビビトはカップに入ったロイヤルミルクティーを飲み干すと食器を片付けてまた虹をつくれる人探しに繰り出した。
ニジノタビビトはそれからラゴウと出会ったような大きな公園に行ってそこをぐるぐる歩いてみたり、人が多いためカケラが熱を持っても人を特定しにくい商業施設にも思い切って行ってみたりしたがどちらも不発に終わってしまった。
そこで今度は住宅街に近いところを歩いてみることにした。
「この辺りでも、難しい、かな。そうしたら次は駅にも行ってみようかな……」
俯きがちになって早足になりながらもニジノタビビトは歩みを止めない。今日、ニジノタビビトはもう既に一万歩近く歩いている。
「……ん?」
ニジノタビビトはまた錯覚かもしれないと思いながら服越しに胸元を押さえつけた。
「んん……?」
ニジノタビビトは一応あたりの人に見られていないかどうかを確かめて、道の端の目立たないところに移動してからそっとペンダントを取り出し、ケース越しにカケラを握りしめる。
「これは……!」
ニジノタビビトはケースの蓋を開けて手のひらにカケラを転がし、もう一度強く握りしめた。まだ弱いものだが、カケラは確かに熱を持っていた。