第147話 ミルクティーの成分表
タシアはアメルデの横ではなく、壁際に置かれたパイプ椅子に腰を落ち着けた。
「まだ終わらないのかしら」
その言葉にタシアがため息をつく。基本アメルデはせっかちなのだ。アメルデ自身はそこまででもないつもりなのだが、無駄を大事にしながらも効率を重視する彼女は自分にできることを上の立場の人間には求めているところがある。
「もう少しお待ちください。元々今行われている会議の終了予定時刻はまだ先でしょう。ラズハルトさんも、もう少しお待ちください」
「あ、はい……」
キラは最初、アメルデがずば抜けたカリスマ性のようなものを持っているのだろうという印象だったが、その実、結構わがままというか、我を貫く人なのだなと思った。そしてそれをうまく調整しているのがタシアなのだろう。
ただまあ、その印象自体アメルデが警察官であるという色眼鏡をかけた上でのものなので、それがなかったらまあまあせっかちなお姉さんといったところかもしれない。
ちびちびとペットボトルの甘いミルクティーを飲みながらキラは二人を観察した。二人は何やら話し合いをしているが、キラにはてんで分からない内容だし、別にどこかに気が逸れているというわけではないのに言葉があまり入ってこない。
キラは軽くかぶりを振って、小さく鼻を啜ってからペットボトルの成分表を見ながらそういえばこの甘いミルクティーを飲むのも久しぶりだなと思った。
キラは惑星メカニカに帰ってきて自分がこの星ならではのものを飲み食いしていないことに気がついた。強いて言えばキラが住んでいたアパートの大家であるカプラの手料理くらいだろうか。
ニジノタビビトとさよならをするまではできるだけ共に食事をとりたいと思っているので、こういうのは後回しだなと苦く笑いながらボーッとペットボトルの成分表を眺めた。
コンコンコン。
ビクッ!
キラは突然のノック音にまた肩を跳ねさせた。キラが知っている限りこの部屋に来る可能性があったのはタシアと件の警視正の人のみである。タシアはすでに戻ってきたので、そうすると残りは……。
「セイル・ルーランドだ。入ってもいいかね」
低めの少し掠れた声が聞こえた。先ほど聞いた警視正だという人の名前だ。キラは慌ててペットボトルの蓋に手を伸ばして締めた。
ガタ。ガタン。
「はい、どうぞ」
キラは突然席をたったアメルデとタシアに驚いて、アメルデを見上げた状態のままになってしまったが、アメルデの返答を受けて開くドアにどうしたいいのか分からないまま慌てて自分も立ち上がる。
ガチャ。
「……ああ、どうぞそのまま。私はセイル・ルーランドだ。君が、キラ・ラズハルトくんだね?」
入ってきたのはガタイの良い、グレイッシュヘアの男性だった。ラゴウも背が高くガタイがよかったが、この人はそれ以上かもしれない。いや、実際にはラゴウとそう変わらない気もするが目の前の人の持つオーラがより体を大きく見せていた。
中途半端に、困ったような顔をして立ち上がったままのキラを見てよく分からないままつられて立ってしまったのだろうと察したルーランドはキラを手で制し、そのグレーの瞳でキラの奥底にあるものを探るように見つめた。