第143話 誰かと話す姿
キラは一瞬、ニジノタビビトが自分がいることに気がついて呼びかけてきたのかと思った。しかしそれにしては自分の名前を呼ぶ声は小さい。
何にしても聞こえてきた声はニジノタビビトのものであろうとほぼ確信していたので、そっと除くように塀から鼻から上だけを出すようにして声がした方を覗く。
「あ……」
そこにいたのは確かにニジノタビビトだったが、自分に呼びかけてきたわけではないとすぐに分かった。なぜならニジノタビビトはキラのいる方に背を向けていたのだ。
「レイン……?」
「……ん?」
キラはこちらを振り返るニジノタビビトから思わず身を隠した。ついつい名前を呼んでしまったのだが、ニジノタビビトの向こうに人影がいることに気がついたのだ。別に隠れる必要というのは特にないはずだが、どうしてか咄嗟に隠れてしまった。
「どうしました?」
「あ、いえ、今呼ばれた気がして……」
キラは少し待ってからまたそっと、今度はギリギリ左目がニジノタビビトを捉えられるくらいだけ塀から顔を出して覗いた。
「いや、見えないな……」
どうしてかニジノタビビトに気づかれてはいけない気がしてキラは極々小さく口の中で呟いた。
ニジノタビビトは一体ここで何をしているのだろうか。いや、おそらくは虹をつくれる人を探しているはずだから、あの人がその候補ということか。キラは自分が出ていってややこしくしてしまってはいけないから隠れて正解だったなと誰にするでもない言い訳を心の中で呟いた。
「どんな人だろう、だろう気になるな……」
この辺りで出会った人ならば、キラの知り合いである可能性もある。しかしキラはニジノタビビトとその奥の人物に見つからないように覗いている上に、ちょうどニジノタビビトの影に隠れているため、誰と話しているのかまでは分からない。
ガサッ!
「あ、」
もう少し体を乗り出してみようかというそのとき、キラの両手の袋からガサッという音がして、キラは自分が買い物帰りであること思い出した。
「やば、生ものが……」
キラは袋の中身を覗いて、ドリップが染み出してもいいように入れた袋越しに軽く触れて肉と魚の温度を測った。まだ平気だろうが、今日はすぐ帰るからいいかと氷を貰ってこなかったので、帰路を急がなくてはいけない。
キラは後ろ髪を引かれる思いをしつつも、せっかく買った食材を無駄にしてしまわないために、ニジノタビビトに背を向けて宇宙船までの道を急いだ。
バタン。
「よし……」
無事食材がいたむ前に冷蔵庫にしまうことができ、キラは冷蔵庫の扉に両手をついたままふうと息を吐き出した。
「やべっ」
キラは今何時だろうと通信機の時計を見て慌てた。警察官とあれほど過ごしたことも話したこともないキラだが、彼女らが忙しいであろうことくらいは容易に想像できたので、待たせないように早めに行こうと思っていた。
だから待ち合わせ時間まで残りメモリ半分になったら宇宙船を出ようと思っていたのに、あと一メモリと少ししか時間が残されていない。これから適当にお昼ご飯を食べて、片付けをし、ニジノタビビトが持ち歩く通信機と同期している宇宙船のリマインダーにメッセージを残さなくてはいけないのだ。
「ああ、警察署でどれくらい時間がかかるか聞くの忘れた!」
ニジノタビビトに宇宙船に戻って来る時間を報告して夕食を一緒にとれるか聞きたいのにも関わらず、自分の帰宅する時間が分からないのだ。とりあえずキラは先程教えてもらった連絡先に時間がどれくらいかかるのかを聞くメッセージを送信し、冷凍庫から適当にピラフを取り出して電子レンジに突っ込んだ。