第142話 食材の買い出し
「今日の特売は、っと」
キラはスーパーの入り口近くの人の邪魔にならないところでスマホ画面のチラシをねめつけた。今日は小魚と根菜が安いようだ。
さて、まずメインをどうしようか。ニジノタビビトは苦手な食感があるが、基本的に味の観点での好き嫌いはほとんどない。強いて言うのであれば辛いものが得意ではないが、それも辛すぎるものというだけで、激辛とついているようなものでなければ辛い辛いと言いながらも食べられる。
何にしても今回はニジノタビビトが好きなものを作ってあげたいので、キラはまず辛さに重きを置いた料理を候補から外した。
「うんん、これなら二日分は買えるかな……」
ひとまず昼食は二人して取れるか分からないので数に含めないとして、朝食と夕食を二日分。朝食は甘いものをメインにしても問題ないので、一日は宇宙船にまだ残っている製菓材料でスコーンかホットケーキでも焼くことにして、添えるクリームやフルーツ、ジャムなどを買うことにしよう。もう一日はクロワッサンのフレンチトーストにしようか。
夕食はメインを肉と魚それぞれにしよう。そうだ、ケイトに教えてもらったレシピでカメルカを作ろう。クルニではカメルカを煮込むのに地酒を使うと言っていたけれど、流石にこの星では売っていないから味と風味が似ているから代用できると言っていた黒ビールを使えばいい。
魚は、楽しいのがいいから色々乗せた海鮮丼とか、手巻き寿司とかがいいかもしれない。これは売り場を見て決めてもいいだろう。ニジノタビビトは食料補給に立ち寄った星で普通に生魚を食べていたしそこは問題ないはずだ。
「よし、肉は見て決めるか!」
キラは通信機をポケットに押し込んで、一応財布に入っている全額を確認してから、いざと意気込んでスーパー入り口のカゴを腕にかけた。
「よしよし、いい肉が買えた」
キラは両手に買い物袋を携えて満足気にスーパーを後にした。肉は普段買うものよりも高いものだが、脂身の多すぎないガウニのブロック肉が買えた。刺身は種類と量の観点からちょうどいいものがなかったのだが、いい鮭の切り身があったので、ムニエルかホイル焼きにすることにした。
さて、生肉と生魚があることだし、帰りを急がなくては。これから帰って簡単に昼食をとって、出来れば夕食の下ごしらえをしてしまいたい。今日はまだ自分もニジノタビビトも帰る時間が分からないが、今日食べられなかったらそれは明日の下ごしらえになるだけだ。
さあさあ、警察署がある場所は役所よりも遠いのであまりのんびりしている時間はない。
「――、」
「ん?」
キラは自分の名前が呼ばれたような気がして立ち止まった。今日も相変わらず自分のことを知っている人にはパッと見で分からないように変装をしてきているから、自分に気づくような人はいないはずなのだが。
キラはそっと辺りを見回した。よく耳をすませば確かに聞こえてくるのはキラという名だった。この名は多いわけではないが少なくない名前で、これまでにも学校で一学年に一人くらいは同じ名前の音を持つ人がいた。だから必ずしもキラ・ラズハルトを呼んでいるとは限らないはずなのだが、キラは自分のことを呼んでいる、もしくは話しているのだとすぐに気がついた。
「この声、レイン……?」
その声は、ニジノタビビトの声だった。