第135話 ニジノタビビトの嘘
ニジノタビビトの通信機は確かに市販されているものでもなく、多分どこかに発注して作ってもらったものでもない。ニジノタビビトが宇宙船と共に目覚めた時には一緒にあったものだ。宇宙船の使い方や虹のつくり方とともになぜか使い方を覚えていたそれは、宇宙船のメインコンピューターと、レシピや動画、書籍の閲覧に利用しているタブレットと同期されていた。そのことから宇宙船と同じ人物の手によって制作されたものではないかとニジノタビビトは予想していた。
ニジノタビビトは通信機を使っているうちにすぐに感覚を取り戻して使いこなすようになった。もちろん検索をしてもこの端末の説明書が出てくることはないので、ときどきある分からないことはトライアンドエラーを繰り返すかなかったが。
ニジノタビビトの持つ通信機は虹をつくるために作られた宇宙船と同様に非常に高性能であった。おそらくニジノタビビトも六割も使いこなせていないだろうと思うくらいに可能性があるものであるというのは察していた。そもそも、通信機というのは他と通信をするために存在しているのでニジノタビビトの通信機とてその名を冠しているのだから、多少難しさがあったとしてもキラと連絡する手段がないわけがないのだ。
それなのにニジノタビビトはキラに連絡先の交換はかなわないと嘘をついた。この惑星メカニカにいる間であればキラの通信機と連絡を取り合うことはそう難しいことではない。しかしニジノタビビトは恐ろしかったのだ。自分の通信機にキラ・ラズハルトという名が残ることが、もしかしたらキラとメッセージの交換くらいなら別れた後もできるのではないかと微かな希望を残すことが。
ニジノタビビトの持つ通信機であれば惑星メカニカから離れた星でもキラにメッセージを送ることは可能だろう。しかし送られたメッセージはキラの元には届かない。キラの方の通信機のスペックではできないためだ。だから怖かった。縋ってしまいそうなものがあるのにそれには希望がないという現実を受け入れたくなかった。そしてニジノタビビトはこの日、初めてキラに嘘をついてしまったのだ。自分の通信機はキラとの連絡はできないと。
ニジノタビビトはキラが朝食の用意をしてくれている間、宇宙船のコンピューターの設定をいじりながら自分があまりにも意気地なしであることに嫌悪で顔を歪ませた。自分のついた嘘を嫌悪しながらもしかし、ニジノタビビトはやっぱり嘘だったのだとキラにはどうしても言えなかった。
「ごめん、ごめんね。キラ……」
キラは現在、役所への道を急いでいる途中である。ニジノタビビトから宇宙船のコンピューターのロック画面からリマインダーに文章を残して時間指定する方法を聞いていて少し出るのが遅くなってしまったのだ。
もう役所の建物と目の前の道が見える場所までくると、人影が立っているのが見える。あれはもしかしたらアメルデかもしれないとキラは早歩きだったのを小走りに変えて残り百メートルほどの道をさらに急いだ。