第134話 連絡先の交換
翌日、キラはそこそこ早い時間に起き出して朝食の用意をした。今日はまた役所に行かなくてはならないからだった。
「おはよう。キラ」
後ろからかかった声に振り返るとニジノタビビトがもうすでに身支度を整えて立っていた。キラは一度タオルで手を拭いてからニジノタビビトの方に向き直った。
「おはよう、レイン。レインは今日どうするんだ?」
「ん、今日も虹をつくれる人探しかな……。キラはまた役所に行くんだっけ」
「ああ、また帰りの時間がちょっと分からないんだ。……そうだ」
キラはキッチンを出て、与えられてしばらく、もうすでにキラによく馴染んだ部屋に戻ると上着のポケットから一つ取り出してニジノタビビトのところにまで戻った。
キラはキッチンとリビングの入り口の境目のところで立ったままのニジノタビビトに、自分の通信機を差し出した。
「連絡先、交換するのすっかり忘れてて。昨日も帰ってきてレインに連絡できなくて不便だなって思ったんだ」
ニジノタビビトはしばらく無言でキラの通信機を見つめていたが、一度唇を噛んでから少しヘタクソな笑い方をした。
「キラ、ごめん。多分アプリケーションの都合で連絡先の交換自体ができないと思う」
「え、でも、番号とかは?」
「私が持っている通信機は番号自体を持っていなくて。アプリケーションもある程度入れられるけど、連絡が取れるものは総じて難しいんだ」
ニジノタビビトはもう一度ごめんねと謝った。キラはまさかの返事が帰ってきてしまったもので、固まってしまったが、すぐにどうしたものかと考え始めた。
「じゃあ、連絡する手段はない、のか」
「あ、それは一応、あるといえばあるんだ。キラが宇宙船にいることが前提になってしまう制限付きだけど……」
いわく、ニジノタビビトの持っている通信機はどこかで購入したようなものではなく、宇宙船と連動している。ニジノタビビトの通信機は番号を持たないが、宇宙船から多少離れた場所それこそ同じ星であれば同期されているので、宇宙船内にいれば外に出ているニジノタビビトとの交信が可能なのである。
「あ、そうか。じゃあ、レインに何か連絡したくなったらここからならできるんだな?」
「うん、ロックがかかった状態でリマインダーをいじれる状態にするから、リマインダーに時間指定を入れてくれれば私が持ち歩いている端末の方に通知がくるよ」
これであればキラが宇宙船外にいる場合に連絡できる手段がないままとはいえ、昨日のようなことは防げることになる。ニジノタビビトと連絡先の交換が叶わなかったことはキラにとって多少、否、大いに残念なことだったが、ニジノタビビトが持っている機械類が特殊であることは身に染みて分かっていることだったのでそれは飲み込んだ。
「じゃあ、そのロック画面でリマインダーが使える設定っていうの、してくれるか? 昨日みたいにもし俺が先に帰ってきた時とか、ないとは思うけどなんかあった時宇宙船からだけでもレインの言葉が確認できる状態にしたいんだ」
「うん、分かった。朝ごはんの後に使い方もみせるね。………………キラ、ごめん」
ニジノタビビトは朝食の用意の続きをするために背を向けたキラに小さくつぶやくような声で言い放った。
「え? 最後聞き取れなかった。なんて言ったんだ?」
「ううん、今日の朝ごはん何かなって」
「ああ、それなら――――」
ニジノタビビトは今日初めてキラに嘘をついた。