第132話 キラの誤魔化し
「キラ、ずいぶん早かったんだね。私よりも早いとは思わなかったよ」
夕ご飯は食べたの? と続けたニジノタビビトに「ああ」のような「うん」のような不明瞭な返事をしてしまったが、それくらい今のキラは動揺していた。
「キラ?」
キラは何故だか動悸が止まらなかった。確かにあんな変な形の、しかも《翡翠の渦》に巻き込まれた直後に出来たアザと全く同じものがニジノタビビトにあるというのは変な話である。そんな毎日毎日お風呂に入る時に鏡で背中側の腰なんてチェックしてこなかったから、本当にたまたまの可能性だってある。しかし、キラはその可能性が頭に浮かんでいても勘は自分の腰にできたアザのようなものは《翡翠の渦》に巻き込まれて以降にできたものだと告げていた。
それでも、仮にキラの方のアザが《翡翠の渦》に巻き込まれた影響でできたものだとして、ニジノタビビトの襟足とうなじの間にあるひし形アザは生まれつきとか、そういうものかもしれない。
「キラ? キラ!」
「……ハッ! あ、わ、悪い。なんだ?」
「なんだ、って……。まだ寝ぼけててぼーっとしてるのかと思えばなんだか深刻そうな顔してるから……」
「そっか、ごめん……。そうだ、レインは晩御飯は食べたのか?」
キラは深刻そうな顔をしていた自覚はなかったものの、そんな顔をしていてもおかしくはないくらい脈が速い。しかしラゴウの虹の夢を見ていたというのにそれも変な話なので、誤魔化すように眠りにつく前ニジノタビビトを待とうと思った理由について聞いた。
「え、まだだけど……」
「俺もなんだ、一緒に食べよう」
キラはゆっくりとソファあから立ち上がるとキッチンに向かった。 ニジノタビビトは先ほど自分が聞いたのと同じことをキラに聞かれたものだから、やっぱりなんとなく変だと思った。しかしあまり話したがっていない様子のキラに問い詰めるのもあれかと思って、ひとまず誤魔化されてやることにした。
本日の夕食はラグービアンコのパスタ、三種の豆のトマトクリームスープだ。昨日も今日も食材の買い出しに行っていないので乾麺や冷凍、缶詰などを使った調理しか叶わなかったのだ。それでなくとも今日は遅くなってしまったので比較的すぐにできるような献立にした。
ラグービアンコには本来豚ひき肉を使うのだが、冷凍のひき肉はガウニのものしかなかったのでそれを、後は冷凍のブロッコリーとドライトマト、玉ねぎを食材にしてニンニクと油、塩コショウで炒めて、白ワインを加えてアルコールを飛ばしたらパスタと絡めてこちらは完成。
スープにはパスタの準備で一緒に切っておいた玉ねぎとひよこ豆など三種類の豆入った水煮缶、カットトマト缶を丸ごと入れて軽く炒め、水を足したら塩コショウ、コンソメで味をつけて残っていたツナ缶も入れて、これまた冷凍させていた生クリームを加えれば完成である。
キラはそれぞれを器に持って、スープの方に乾燥パセリを少しふりかけるとニジノタビビトと共に食卓に運んだ。
「パスタはお好みで黒胡椒を足してな」
「うん」
二人はパチンと手を合わせて軽く目を瞑るといただきますと言ってから食事を始めた。




