第124話 アメルデという警察官
「それで、キラ・ラズハルトと思しき人物はどちらに?」
「ああ、第三会議室に。ご案内します」
ここでゆったりと歩かないあたりがこの二人の性格をあらわしていた。ホーロンは行きの時のようにガツガツと、それに距離を離されることもなくカツカツとアメルデが続いた。その後にはアメルデの部下が若干駆け足で二人の後に続いた。
まるで競歩の練習でもしているのかという速さで歩きながら二人は話を進めた。
「彼の持っていた身分証明書というのは?」
「ああ。こちらです」
ホーロンは歩くスピードを緩めないまま、預かったままスーツのジャケットのポケットにしまっていたキラの身分証明書の一つ、運転免許証をアメルデに差し出した。アメルデも歩くスピードを全く緩めずにそれを受け取って視線を落とした。
アメルデは職業柄、他人の身分証明書、殊更写真の載っている運転免許証はよく見てきたが、確かにこれが偽造されたものだとは考えにくかった。一度中に組み込まれたICチップの中身を確かめてみる必要があるが、それにしても本物だろうとアメルデの勘が告げていた。つまり、これが本物ということはこれを持っていた人物はキラ・ラズハルト本人であるか、何かしらの目的があってキラ・ラズハルトとよく似た人物が彼が持つ何かしらをを欲しがって身分証明書を二つ、盗んでまで嘘をついているということになってくる。
しかしアメルデはこの身分証明書を持っていた人物はキラ・ラズハルト本人であろうとほとんど確信していた。
アメルデはこういう、例えば《翡翠の渦》のような少々オカルトチックな事件への興味が尽きないタイプだった。もちろん上から回される仕事や日々起こる事件の調査を一分の隙もなく行い、それが評価されてこの地位にまできたわけだが、彼女にとってそれはそれ、だった。彼女の上も彼女の性分を理解し、彼女がその権限を使って個人的な調べ物をよくしていることも把握していたが、それによって珍事件が解決した事例もあるので、目を瞑っている節があった。
そしてアメルデにとってこの《翡翠の渦》は彼女の琴線に引っかかるものであった。それで新たに被害者が出るたびに資料を見たりしたものの、物理とか宇宙とかの学者でも分からない仕組みが彼女に解明できることもなく、結局ただ資料を読み込むのみとなってしまっていた。
《翡翠の渦》の仕組みなどわからなくとも、四ヶ月前の新たな《翡翠の渦》の被害者についてアメルデは資料を読み込んでいた。だからホーロンから電話をもらって、キラ・ラズハルトという名前を言われてからすぐにそれが四ヶ月前の彼だと彼女は気がついていた。こんなにも早く駆け付けられたのは、本当に仕事が詰まっていなかったこともあるが、実際にはその興味を持ってして、ホーロンに借りを返してほしいなどと言われなくともアメルデは駆け付けたであろう。
そしてアメルデは読み込んだ資料から彼がいわゆる苦学生であることを知っていたので、別の人物が彼の名を名乗ったところで奪える資産がほとんどないことも彼女は知っていたのだった。それに加えて、身分証明書というの一般、日ごろ携帯しているものである。つまり《翡翠の渦》によって彼とともにどこかしらの星に飛ばされたと考えるのが普通である。だから、今アメルデの手の中にあるこの身分証明書が本物であると確定した場合、ほとんどの確率でこれを持っていた人物がキラ・ラズハルト本人であるという裏付けとなるのだ。
「この部屋です」
そんなことを考えているうちにキラ・ラズハルトと思しき人物がいるという第三会議室の前についていた。アメルデは一度顎を引いて目の前の扉を睨め付けるようにすると、ドアノブに手をかけた。