第121話 第三会議室
第三会議室の前に立ってホーロンは深呼吸をひとつした。ホーロンはカルーセルに指示をした後に会議室に誰にも入らないように手続きをしてきたから、彼らは先にこの部屋の中で待機しているはずだ。
いつまでもこうしていられない。この会議室もひとまず今日この後使われる予定はないが、急に使用中にしたからあまり時間をかけていると変に思われるかもしれない。
ホーロンは歪んでもいないネクタイを直してもう一度深呼吸をすると、ドアノブに手をかけて捻った。
中にはこちらに背を向けていて顔が見えない襟足の長い帽子を被った後の残った髪の青年と、その向かいにカルーセルが座っていた。ドアが開けられたことに気がついて顔だけ振り返ったその青年は確かに、先ほど見た運転免許証に載せられた証明写真のキラ・ラズハルトと非常に似た人物に見える。
「初めまして、惑星メカニカ、セーラン地区役所市民生活部のホーロンと申します」
まずは先手だと言わんばかりに、切り出したホーロンにキラは椅子から立ち上がってほーロンの方を向くと、ペコリと頭を下げた。
「キラ・ラズハルトです。よろしくお願いします」
「はい。そのままお掛けください」
ホーロンは部屋の奥まで進み、カルーセルの隣に座った。そこはちょうどキラの真正面であった。
「キラ・ラズハルトさん、およそ四ヶ月前に《翡翠の渦》に巻き込まれたキラ・ラズハルトさんでお間違いありませんか?」
「はい。確かに僕は四ヶ月前に《翡翠の渦》に巻き込まれました。その先で、宛てもなく宇宙を旅している人にたまたま出会えて、頼み込んで宇宙船に乗せてもらいました。雑用なんかをさせてもらいながら、四ヶ月かけてこの星に連れてきてもらったんです」
カルーセルが言っていた通りだ。ホーロンはパニックになったカルーセルが、多少複雑に話をしているのではないかと思ったのだが、そんなことはなかったようだ。カルーセルをキラのいうことをメモする書記役に任命し、もう一度キラ・ラズハルトのものである身分証明書をじっくりと見た。
見れば見るほど確かにこれが本物であることを理解した。ホーロンは若い頃から役所の窓口でも何度も本人確認のために身分証明書を見てきたからこそ、この確信が間違っていないという自信があった。
「キラ・ラズハルトさんは本日どうしてこちらに?」
身分証が本物であるならば彼が本当に本人であるのか、それを確かめるためにも名前を呼ばれてどんな反応をするのか観察をしながら問いかけた。ホーロンとしてはこの問いに対する答えは大方の予想がついていた。
「その、《翡翠の渦》に巻き込まれて帰還できた前例がないのは知っていて、それで、警察とどっちに行くのか悩んだのですが、近かったし、こちらに……」
多少予想から外れていたが、まあ、大方予想通りといったところだ。警察に行くか、役所に行くか。ハードルとして低いのは役所の方であろうから、無意識のうちにそちらを選んだのかもしれない。
さて、問題はこれからどうするか、だ。もっと詳しく話を聞いて彼が絶対にキラ・ラズハルト本人であることを確かめなくてはならないし、役所だけで手に負えることではないから警察にも連絡しなくてはいけない。それから彼をここまで連れてきたという人物についても聞いて、山積みになるであろう書類を処理しなくてはならない。
目の前にキラがいるからやらないものの、ホーロンは背もたれに体を預けて顔を覆って空を仰ぎたくて仕方がなかった。