第118話 すり減る靴の底
パスワードの桁数は10桁の規則性のない数字だったので顔を顰めてモニョモニョと何度も唱えながらキラは頭に叩き込んだ。紙に書き出して頭をかきむしって唱えながら、今後一生使わないだろうにテストのためだけに化学とか物理とかの専門でもないのに外星語を覚えているような気分だった。しかし最初はバラバラな感じがして覚えにくかったが、すぐに電話番号と同じ桁数であることに気がつくと、なんとなく感覚を掴めたのかそこからは早かった。
一度確かめておこうと言うことで、キラは自分の意思で宇宙船を締め出された。ニジノタビビトがそうしてきたようにまず入り口のカメラの前に立って認証すると、覚えたばかりの十桁のパスワードをパチパチと打ち込んだ。
ウィーン――。
ちゃんと会っていたようだ。静かな音を立ててタラップが降りてくる。これまでニジノタビビトの二歩後ろで何度も見てきた光景だが、自分でやったとなると初めて見た時の感動に勝るとも劣らないものがある。
タラップの上には、あの絶望を抱いたままの初めてのときのように人影があった。同じ人物だが、あのときとは違ってもうよく知った人物になった。
「うん、大丈夫だね。パスワード覚えられた?」
「ああ、ありがとう」
それからニジノタビビトも身支度をして、ラゴウのカケラをペンダントトップの先のケースに入れて首からかけてキラと共に宇宙船を出た。それから二人は街の中心の方まで歩いて行って、立ち止まった。
「じゃあ、また後でなレイン」
「うん、また後でね。キラ」
ニジノタビビトは役所があるという方に向かっていくキラの背中をしばらく眺めていたが、やがて胸元のケースの奥で輝くカケラを服越しに一度握りしめてから虹をつくる人を探しに歩き始めた。
キラの役所に向かう足取りは重かった。先ほどはレインがいるから、と見えを張ってなんでもないようにしていたが、ニジノタビビトが見えなくなった途端靴の底をずるずるガザガザとと、すぐにすり減るような歩き方をし始めた。何せ面倒なことが確定しているし、この後の行動を失敗したら結局ニジノタビビトの存在が露呈しかねない。いや、露呈するにはするだろう、何せ自分は「宇宙を旅している人の宇宙船に頼み込んで雑用をしながらなんとかここまできた」人なのだから。ここまでは別に嘘をついちゃいない。その宇宙を旅している人の目的だとか、何をしているだとかを話していないだけだ。
いくらチンタラ歩いていてもやらなければいけない気持ちがあるので、歩みを止めはしなかった。そうすればいずれは目的地に着くのは当然なのである。
キラは役所の建物を仰ぎ見て睨みつけると、大きくため息を吐いた。パチン! と一度気合いを入れるように頬を叩いて気合いを入れると、俺は口八丁だと、本日二度目の自己暗示をかけながら、キラは致し方なく役所の自動ドアをくぐった。