第116話 面倒なこと
次にしなくてはならないことは、後回しにしたくなるようなことだった。要するにものすごく面倒なのだ。キラはこれからキラ・ラズハルトであると証明しなくていはいけない。もうあらかじめニジノタビビトと話したが、帰ってくる手段は、本当にたまたま宇宙を旅している人の所有する宇宙船に決死の覚悟で乗せてもらい、雑用をこなしてなんとかここまで連れて来てもらったこと、実際に《翡翠の渦》に飛ばされた星、準惑星アイルニムからの距離としては帰ってくるのが早すぎるかと思ったので、そこは多少捏造することにした。
よく言われることだが、今回のように都合のいいように説明したいがために嘘をつく場合には本当を混ぜて話すといい。とにかくキラはニジノタビビトがニジノタビビトであることと、ニジノタビビトが行なっていることが世間に露呈しないようにしなくてはいけない。
「行くなら警察か、役所か……」
キラは自分が行方不明扱いになっているであろうことは理解していたが、自分はただの行方不明者ではない。《翡翠の渦》に巻き込まれたが故の行方不明者なのだ。
《翡翠の渦》に巻き込まれた人間は記録上キラを含めて五人いるが、キラが巻き込まれる前に帰ってきた人間は誰一人としていなかったし、今朝通信機で調べた限りでも《翡翠の渦》に関する最新の記事は「翡翠の渦、新たな被害者! 今回はユニバーシティの学生!?」というキラに関するもののみであった。
つまり、《翡翠の渦》に巻き込まれて帰ってきた人間の前例が存在しないのだ。より正確に言うのであれば、生きて帰ってきた人間が存在していなかった。キラが初めてになったしまったのだ。往々にして前例がないこと、の手続きやらなんやらは面倒だと相場が決まっている。しかも今回は被害者がおらずとも発生しただけで騒ぎになる《翡翠の渦》なのだ。もう分かる、絶対面倒なことになる。
しかしいつまでもこうしてうだうだとしている訳には行かないのだから、致し方ない。キラがこの星で生きていくには避けては通れない道だ。
「レイン、この後俺はとりあえず役所に行ってくるけど、どれくらい時間がかかるか分かったものじゃないからこっから先は別行動にしよう」
「えっ、でも、待っていられるよ」
「いや、これからやんなきゃいけないのは多分、半分くらい取り調べみたいなものだろうから、やめといた方がいい」
それに、ニジノタビビトはこの星でまた虹をつくらなくてはいけない。あまりのんびりしていて、その間に停泊している宇宙船やニジノタビビト自身に注目が集まらないとも限らないのだ。あまり、うかうかしていられない。
「あ、でもキラどこに帰るの?」
「あ、あー……、まあ、なんか適当に?」
宇宙船に入るにはニジノタビビトと共にでないといけない。中から開けてもらえれば入れないこともないが、本当に時間がどうなるのか分からないのだ。役所が閉まる時間になったら解放されてまた翌日となるのか、警察の方に移されて夜中まで続行となるのか。
通常、行方不明者というのは行方不明が確認、あるいは届け出が出されてから何年も経過してからでないと法的な死亡扱いに出来ないが、災害などの場合はこの期間が一年になる。さらに《翡翠の渦》に巻き込まれたキラは保険にも入っていなかったため位置情報も辿れなかった。書類上の死を待つのみ、といったところのはずだ。もしかしたらもう既に判を押される一歩手前かもしれない。
キラは改めて面倒くさいと顔にだしながら、言葉を濁した。
「あ、じゃあ、宇宙船の入り口をキラの身体情報とパスコードでも開けられるようにしよう、そうしたらいつでも入れるでしょう?」
「えっ!? でも、いいのか?」
「うん、キラだもの」
そのためまずは一度宇宙船に戻って登録をしなくてはいけない。
二人は目的地が決まらないままゆっくり歩いていたのを通常の速度に戻し、宇宙船を目的地に設定して歩きだした。