第110話 今日の寝床
「キラ、今日は自分の家で寝るの?」
「あー」
キラは眉間に皺を寄せて息と共に吐き出した。正直忘れていた。部屋で荷物をあらためていたいた時は覚えていたし、風呂をどうしようかというのも考えていた。しかし、ニジノタビビトと教科書を読み始めて教え始めてしまったらいつの間にか夕方になっていて、その頃にはもうすっかり今日の自分の寝床のことなど頭から抜け落ちていた。その後も会いにくる理由が分からなかったセージの来訪などがあったこともあり思い出す機会も逃していた。
今日の自分の寝床の選択肢は、カプラに頼み込んでもう自分の部屋であって自分の部屋ではないところで寝させてもらうか、ニジノタビビトに頼み込んで宇宙船のキラの部屋にしてもらっているところを今日も使わせてもらうかのどちらかだ。
苦虫を噛み潰したような顔をしてキラはどちらの方がいいか考えた。これ以上ニジノタビビトに甘えるのもどうかという思いと宇宙船の冷蔵庫に残っている食材はどうするのかという懸念、それからカプラに頼むのも申し訳ないという思いとキラがあの部屋で寝泊まりすることで周り存在がバレる危険性。これらを天秤にかけて、いっそその辺を散歩して徹夜してもいいとすら思えてくるくらいには面倒くさくなってしまった。
キラは自分がそんなふうに思っていなくてもやはり今日は惑星メカニカについた初日であるということも相まって結構疲れていた。疲れていると人は考えるすら面倒になって、投げやりになってくる。
アルバイトで、休日の混雑した日に閉店の締めの作業までを終えて深夜へとへとになって帰ってきた日に何もかも面倒になって夕食を摂るのも嫌で何とか理性を総動員して歯だけ磨いてから適当に服を脱ぎ捨てて半裸で寝ることもあった。
もちろん普段はこんなことにならず、ヘルプで入って欲しいと言われて掛け持ちしているアルバイトを立て続けに入れてしまった時だとか、試験とレポートに追われている時ぐらいにしかこうならなかったものだが、今日はそういう面倒くさい気持ちがキラの心にクツクツと静かに湧いていた。グツグツではなくクツクツだが、ビーフシチューを煮込むときよりは激しいくらいだ。
そうだ、レインにまたカメルカを作るのだと約束したのをキラは思い出した。ケイトに貰ったレシピで作ったが、レストランサニーで食べたような味にならなくて調味料や煮込む時間、火加減を調整しているところなのだ。
「キラ……?」
「あ、ごめん」
正直に言うとキラとしてはニジノタビビトの宇宙船にもう一泊させてもらうのが楽なわけである。あそこはお風呂も借りられるし、寝心地のいいベットも、キラのための服もある。まだ置かせてもらっている荷物があるのだから、なんにせよ宇宙船にはまた行かなければいけないわけだし……。
そこでキラは気がついた、そもそもの問題だが。
「俺の部屋って水道ガス電気全部止まってる……?」
「えっ」
先程荷物をあらためた時は日差しが差し込んでいたこともあって電気をつけようとも思わなかった。お手洗いには入っていないし、台所も洗面所もお風呂場も蛇口をひねっていない。キラは水道ガス電気代の全てを引き落としではなく、その都度の振込としていたので、振り込まれていない間に止まっていると考えるのが普通である。
流石に水道ガス電気の全てを止められていては、選択肢は実質的に一つしかないようなものだ。キラは衝撃の事実に両手で顔を覆っていたが、大きくため息を吐き出すとニジノタビビトの方に向き直って姿勢を正して言った。
「レイン、申し訳ないんだが、今日も宇宙船で寝泊まりさせてもらえないだろうか……」
「うん、もちろん構わないよ。キラの身の回りが整うまでいつまでもいていいんだからね」
「うっ、本当にごめん、ありがとう……」