第109話 落とした学生証
「ごめん、びっくりさせちゃったよね」
セージはなんとか気合いで泣き止んでまた袖でごしごしと目元を拭った。
「キラくんは覚えていないかもしれないけれど、僕、キラくんに助けてもらったことがあるんだ。それで、キラくんは友達がたくさんいるから、僕はただの一緒の授業をとったことがあって何度か話して名前を知っているくらいの人だと思っていたと思うけれど、僕はいつか君と友達になれたらと思ってたんだ」
昔まだ入学してまもない頃、セージはユニバーシティ内で学生証を落としてしまい、探し回っていたことがあった。地面を見ながらウロウロしているセージに声をかける人など誰もいなかったが、キラだけは違った。キラは当時一度だけ授業のグループで一緒になったセージのことを覚えていただけでなく、名前を呼んで何をしているのか聞いて、学生証を探すのを手伝ったのだった。
それだけ、たったそれだけだったが、セージにとっては決してそれだけのできことではなかったのだ。
「僕、そんなに友達がいたことなんてなくて。でも、キラくんが消えていく姿を見て後悔した。変な足踏みしていないで早く声を掛ければよかったって。もう後悔しても仕切れないけど、せめてキラくんが生きていることをずっと信じていようって決めたんだ」
セージは彼の言った通り、キラにとって同じ授業をとっている名前を知っている知人という立ち位置にあった。学生証のことだって正直言って覚えちゃいなかった。友人か友人でないかを聞かれたら、相手方が自分をどう思っているか気遣いつつ友人だと言えるくらいの関係性であるとは思っているが、それだけであった。
しかしセージはあの時、一人ぼっちで次の予定が迫っているせいもあって気持ちが追い詰められて泣きそうにすらなってしまったあの時、手を差し伸べてくれたのが本当に嬉しかったのだ。それからセージにとってキラは憧れだった。無事に学生証が見つかってから颯爽と去るキラの後ろ姿にすら憧れた。
「本当に、キラくんのプライベートを無視するようなことしてしまってごめんなさい。それと夜に押しかけてしまってすみませんでした」
「いや、いいんだ。心配していてくれたのが本当に伝わった。きっと、俺のことを親友だって言ってくれていたようなやつだって生きていることをずっとは信じてくれていなかったと思う。タフカルが信じようって思ってくれたことが、俺は嬉しかったよ」
セージはその時やっと安心したように相好を崩して、へへへと笑った。その目は赤くなっていて、まつ毛は濡れて頬には涙の跡が残っている。
「じゃあ、僕はもう帰るね、お邪魔しました!」
「あっ、タフカル。その、悪いんだけど、俺が戻ってこれたことはまだ秘密にしておいてくれないか? まだほとんど誰にも話していなくて、その、まだ騒ぎにされるとちょっと面倒なんだ。手続きとかも色々あるだろうし……」
「うん、分かった。僕にもし、その、力になれることがあったら言ってね」
「……ああ、ありがとう」
キラは一息ついた。おそらく彼は自分の願いを聞き入れて守ってくれるだろうと確信していた。セージはセージでキラに頼られたことと、キラの帰還を知っているのがユニバーシティでも自分だけだろうという優越感があった。
キラがセージを見送って部屋の中に戻ると、ニジノタビビトが少し不安そうに見てきた。一応声は聞こえていたはずだが、顔は出さないようにしてもらっていたのだ。
「キラ、大丈夫?」
「ああ、俺が帰るのをずっと信じて諦めていなかったんだって。とりあえず俺がこの星に戻ってきたことも言わないようにお願いしたから大丈夫だと思うよ」
「よかった……」
「それじゃあ、カプラさんもすみませんが色々混乱を避けるためにも俺が戻ってきたことは内密にお願いします」
「分かったわ、ごめんなさいね、勝手に連絡しちゃって」
「いえ、結果的に問題なかったので大丈夫ですよ」
そしてキラは食器などの片付けをするためにキッチンへと足をすすめた。