第100話 ネイビーのキャップ
キラは洗面所の扉を開けてニジノタビビトの元に戻った。ニジノタビビトはキラのその姿を見てびっくりした。キラが着ている襟と袖とに刺繍のはいったシャツは自分が買ったものなので当然見たことがあった。キラの服はあれから何度か買い足そうとしてももう大丈夫と柔らかくもしっかり拒絶されたので元々着ていた服に加えて持っているのは今着ているもの含めてシャツが二枚、パンツが二枚、宇宙船内で運動をするときに特に着るTシャツとハーフパンツが二組、それと下着だけである。
「キラ、その髪型は……」
「いや、俺一応失踪というか、《翡翠の渦》に巻き込まれた人間としてちょっと報道とかされちゃったみたいだから、変装じゃないけど、そんな感じ……」
「なるほど」
ニジノタビビトはキラの目と合わせていた視線をついと少し上にずらして少し考えると、待っててと言って今度はニジノタビビトが自室に引っ込んだ。閉じられたドアの向こうからなにやらバタンという大きめの音が一度したのち、一呼吸あけてニジノタビビトが出てきた。
「じゃあこの帽子使えるかな。元々あったんだけど被る機会がなくて使ってないんだ」
ニジノタビビトは持ってきたキャップのついていない埃をはたくようにしながら歩いてきた。ニジノタビビトが使っていないと言ったキャップはネイビーでキラの知らない文字がおそらく一文字、白い糸で刺繍されていた。キラはキャップを受け取って試しに被ってみるとサイズ問題ないようだった。キラはちょっと待って、と言うと今一度洗面所に向かい、鏡の中の自分と対面した。
うん、問題ないはずだ。キラはそう思って方向を変えて横目に見ながら思った。トップスのシャツに刺繍が施されていると言っても、生地の色に似た色が使われているから元々変に目立つわけでもないのでカジュアルなキャップと反発しているわけではない。しかしこれでシャツのボタンをかっちり上まで止めているとあれかと思って、宇宙船のリビングのような部屋にいるニジノタビビトにもう一度ちょっと待ってて、と言って今度は自室に引っ込んだ。それで中にTシャツを着てからシャツを羽織るように着なおした。おそらくこれでさっきよりもラフな印象になってキャップともあっているはずだともう一度洗面所に行ってチラッと鏡を見てからニジノタビビトの前に立った。
「どうかな?」
「うん、いいと思う。キラ、帽子似合うね」
やっぱりなんだかデートに着ていく服に悩む少年のようでもあったが、無事に惑星メカニカにいた時のキラっぽさは無くなったように思う。キラは惑星メカニカにいた頃も特に帽子を被ったりしていなかったので、帽子が似合うだなんて初めて言われた。
とにかく、装いはこれでいいとして、あとは人通りの多さとこれから対面しなければいけないであろう大家さんを除いた人以外の知り合いと会わないように気をつけるのみであった。
「じゃあ早速行くかな、レインも一緒に行くん、だよな?」
キラはそういえば惑星メカニカについて自分がまず自宅に向かうことは告げていたが、ニジノタビビトがどうするかを話していなかったと思って言葉が途切れ途切れになった。
「うん、一緒に行きたいな」
ニジノタビビトの希望を持ってして、それじゃあとキラは久しぶりに役に立つようになった財布と通信機をパンツのポケットに差し込んで宇宙船の出入り口に向かった。