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王弟ギルベルト

 暗闇の天蓋に神話を持つ星星が輝く夜だった。


 贅を凝らした寝室に飾られた貴婦人の肖像画を前にして、王弟ギルベルトは過去を振り返っていた。


 ギルベルトが初めてシャロンと出会った時、シャロンはチューリップを見ていた。

 茎を包み込むようについている細長い緑葉の、表面がツヤツヤした花びらが光にあたるとキラキラして見えるチューリップに負けぬほど、エメラルドの瞳をキラキラさせているシャロンに。

 トスッ!

 と刺さった。何かがギルベルトの胸のど真ん中に。


 すぐさま王国一美しいといわれている凶器のような美貌を使ってシャロンを甘く誑し込み、恋に生きる男となったギルベルト13歳は、渋る父王を説得してシャロンと婚約を結んだ。

 だが2年後、兄である王太子は、美貌の弟を政略に利用するため父とともに王命という形でギルベルトの婚約を破棄させようとした。王家としては伯爵家のシャロンより、もっと高位の令嬢とギルベルトを結婚させたかったのだ。


 当然ギルベルトは大激怒。引き離されるくらいなら、と強引に擬似番の儀式をおこなった。失敗してもシャロンと死ねるならば本望。シャロンもギルベルトとの心中を覚悟した。

 成功すれば魂を固定させるための10年の時間ができる。10年あれば有能なギルベルトにとって、びくともしない磐石の権力を築くことは難しいことではなかった。


 そしてシャロンを番にすることのできたギルベルトが、どれほど幸せであったことか。


 花が咲き溢れる季節には、シャロンの髪に花を飾り。

 風が流れ星のように光る季節には、シャロンと水遊びをして。

 木々が古の姫君のような衣装を雅に纏う季節には、シャロンと手を繋ぎ木々の間を歩き。

 天が香りのない白く儚い小さな花を降らす季節には、シャロンを暖めるために抱きしめた。


 ギルベルトはシャロンが好きで好きで、シャロンが生きているから生きていて、シャロンがいないのならば生きていたくないほど、どうしようなくシャロンが好きだった。ギルベルトの世界の中心はシャロンであり、世界をまわすのはシャロンであった。


 番となって15年。

 父王が退位して、かつてギルベルトを政略に利用しようとした兄王太子が王位を継いだが、揺るぎない権力と王国一番の魔力を持つギルベルトに敵う者はもはやいなかった。


 しかしシャロンが死んだ。

 息子マリスの乗馬を見学していた王妃が、暴れ馬が自分に向かってきた時、隣にいたシャロンを引っ張り盾にしたのだ。

 しかも遺体の損傷の酷さに国王はギルベルトの怒りを恐れ、地方へ視察に出ているギルベルトが戻る前にシャロンを火葬にしようとした。


 王国での貴人の葬儀は墓所への土葬である。火葬は墓所を持てない下層民や罪人のみであった。


 文字通り飛んで帰ってきたギルベルトによって火葬は阻止されたが、謝罪ではなく保身に走る王家に、暗い地底にたまるマグマのような憤怒を死火山のようにギルベルトは封じた。


 殺す? そんな優しいことはしない。

 ギルベルトは思った。

 痛みも苦しみも悲しみも、生きているからこそ辛く身を刻むのだと。


 だから王家がマリスの擬似番の儀式を決定した時、ギルベルトはその手助けをした。

 シャロンを殺しておきながら、マリスがこのまま安らかに死ぬのは許さない、と。

 

 マリスを生かして苦しめるために擬似番を成功させたギルベルトだが、ルルーシアのことは本気で気にかけていた。

 儀式の場で見た、金色になる前のルルーシアの瞳が、シャロンと同じ煌めくエメラルド色だったからだ。


 あれから9年。

 ギルベルトは外交のために明日から隣国に出国する。おそらく王家は、煩わしいギルベルトがいない間にルルーシアを殺すだろう。ルカーシュがいるとは知らずに。


 もうマリスの魂が安定したと安心して。王と王妃は、溺愛するマリスの死刑執行書に自ら嬉々としてサインするのだ。


 この9年の間にギルベルトは蜘蛛のようにヒソリと罠を張った。見えぬ糸を王家に、貴族たちに、王国中に。


 誰も知らないが、誰もがギルベルトの張り巡らした王位争いという罠の上に立っているのだ。

 細い細い糸が切れた時、どれだけの人間が落下していくことだろうかーー数百人か、数千人か、数万人だろうか。


 くくっ、とギルベルトの喉から低く暗い笑い声がもれる。


 殺しはしない。殺すなど優しいことはしない。

 マリスも。

 王も王妃も。

 貴族たちも。

 闇にもだえる人生を足掻いて生きるがいい。


 ギルベルトは肖像画に手を伸ばした。


 世界中からチューリップを集めた。

 君が好きだったものも。水晶の鳥、真珠のブローチ、アンティークドール。

 でも君はいない、君だけがいない。

 君がいない世界など朽ちてしまえばいいと思ったけれども、それをすると君が悲しむだろう?


 でもね、人が人を殺して滅ぶならば、 ッ、ハッ、ハッハハハ。


 大声で笑いながらギルベルトは冷たい肖像画に抱きついた。

 金色の目から溢れる涙が止まらない。


 君がいない世界で、もう生きていたくない。


 

生前シャロンは、深く重く激しく愛してくれるギルベルトに後追いはしないように約束させていました。シャロンとしては、ギルベルトを愛しての言葉だったのですが、結果はひたすらギルベルトを苦しめることに。


この1ヶ月後、そうなるように仕向けていたギルベルトによって、王族たちは王位を争うようになりギルベルトは望み通り暗殺されます。


強烈なギルベルトが印象的だったのに、イメージが崩れてしまって申し訳ありませんが、ギルベルトにはシャロンが全てだったのです。



読んでいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 王弟サイドの話を掘り下げていただいてありがとうございました。 [一言] 前作ではあまり知れなかった疑似番の死の真相が明らかになり、これだけヤラカシテいれば恨まれるのも当然! 本当にこの…
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