異人
女が炎を纏う大剣という如何にもやばそうなものを振り下ろそうとしている。それを認識すると同時に反射的に距離を取る。
ある程度の距離でも少し熱を感じる程に強い炎のようであったが、クダンは今の身体が"ゲームより動きやすい"ことに違和を感じない自分に驚いていた。自身の作ったキャラで異世界に来るという"非現実"な状況ではあったが、その感覚は"非現実"が"現実"であると嘲笑うかのようにクダンに染み込む。
「やぁぁあああああ!!」
数度に渡る追撃を難なく躱して移動し、何かを"奇妙な雰囲気"を感じて後ろを振り返るともう一人の女が魔法の詠唱を終えるところだった。
「――――燃え尽くせ炎の嵐<アル・フレイム>」
魔法使いの手元から炎の球が発生して飛んでくるのを"予測"して横に避ける。その予測は正解だったようで、炎は近くの木にあたると爆発し、炎の柱を発生させた。
<アル・フレイム>はゲーム――『シン・ミストルテイン』――でメジャーだった炎系統の魔法……主に"障害物を破壊する"系のクエストで活用されていた"オブジェクト破壊用"の便利魔法だ。
ゲームで用意されるクエスト用の岩や山などの障害物は、どれだけキャラのレベルが高くても固定のダメージしか与えられないため、ヒット数が多い魔法や連続攻撃のスキルを使うのが定石だった。中でも<アル・フレイム>は消費魔力とヒット数のコスパがよかった……しかし、だ。
「それにあたる馬鹿はいないと思うが……」
コスパに優れる<アル・フレイム>だが、対人戦には全く向かない。炎の球の速度が遅く、<追加詠唱>のスキルによる強化ができず、なにより炎の球は発生場所から決められたコースを飛んでいくのだ。来ることがわかっていれば、避けることは容易い。
「ねぇ……あんた、もしかして"異人"じゃない?」
自身の得意とする<炎剣>による猛攻を掠りもせずに避け、ララの魔法を発動する前に避ける実力。圧倒的に格上の存在――恐らくは"魔人"。しかし彼はあまりにも異質だった。
本来、魔人は服を着ないし、人間を嫌悪しているために非常に攻撃的だ。
また種族として、高い身体能力で圧倒する戦い方を是とするため、回避に偏った戦い方は彼らの主義に反する。
「ララ、詠唱をやめて」
彼女のスキルである<第六感>もそれが間違いでないと告げていた。ララリアも驚いた様子だったが、アカシャに言われて次の魔法の詠唱をやめる。
「異人とはなんだ」
「次元の壁を偶然に超えてしまい、別の世界からこの世界に迷い込んだ存在。それが異人」
ララリアがそう端的に説明し、魔人が微妙な顔する。
「偶然だと……いや、それよりも、他にも聞かせてくれ」
クダンが質問して、それにアカシャかララリアが答える。それが繰り返されるうち、もはや戦闘という雰囲気ではなくなり、全員がそれぞれに木に腰掛けて和やかに会話していた。
「つまり君たちは冒険者で、魔物の素材が目当てでこの森に来たということか」
「そう。あとは帰るだけ」
いくつかの問答を通してわかったが、彼女たちはアイラーム王国の冒険者らしい。ここ、ノーランド大森林もアイラーム王国の領土とのことだ。
アイラーム王国を含む多くの国では、"異人"の扱いはとてもよく、中にはスライムなどの魔物の姿でこちらの世界に来た者もいるらしい。
「異人の知識は尊ばれる。彼らのお陰で魔法技術は大きく進化した」
聞けば、魔法使いであるララリアの師も異人なのだそうだ。
「私たちは王都を拠点にしてるんだけど、よかったら一緒に来ない?」
二つ返事で了承する。元よりこの森から出る手段を探して彷徨っていた中で彼女らを見つけたのだ。案内してもらえるなら、それに越したことはない。
「あんたほど強ければ、いくらでも稼ぐ手段があるわよ」
そういえば、この世界の通貨を持っていない。ゲームで使っていたアイテムストレージが使えれば、『シン・ミストルテイン』のゲーム内通貨を取り出すことができるかもしれないが…………そもそもスキルの使い方さえわからない。
もしかしなくても無一文だな、俺。
異世界観光の前に職探しが必要か…………面倒くせぇ。