これはまだ人々が月の裏側を知らない頃の話……
これはある一人の少年が月の裏側「楽園」へ行くまでの物語である。
7歳の少年「翔太」は夜空を見るのが好きだった。深く深く吸い込まれるような大きい夜空に燦々と輝く星星、中でも月は格別に気に入っていた。
「ねえ!お父さん!今日はお月さんどんな形してるのかな?」
「昨日は二日月だったから今日は三日月だろうなぁ。」
「三日月!じゃあお願い事しなきゃだね!」
「ああ、そうだな」
頭を真上に向け、小さい視野でなるべく広く見ようとする姿に父親は微笑ましく思う。父親にとってこの時間ほど幸せなものはない。
「そういやまた三日月が見える頃にはお前の誕生日だな」
「ほんとだ!いいことあるかな〜」
「はっはっはっ!だといいなぁ!」
夜空を見上げる度に父親を呼んで、目を輝かせ食い入るように夜空に見入るかわいい我が子には、なにかしてやりたいと思うのは当然だろう。
「翔太、空見るぞ」
「うん!お父さんも見たいの?」
「ああ、良いものを手に入れたからなぁ」
「良いもの?」
「見て驚くなよ〜?これだ!」
茶目っ気たっぷりに父親が翔太に見せたのは立派なレンズの望遠鏡だった。
「すご〜い!」
「お前の誕生日だからな!これでお月さんやお星さんをよ〜く見れるぞ!」
「これ僕の!?やった!いっぱい見るー!」
「ほら、お前の好きなお月さん見てみろよ」
「うん!」
翔太は貰うなり、直ぐ様箱から取り出し組み立てた。レンズと三脚を取り付けるだけだったので翔太でも組み立てれた。
黒の艷やかなボディにマットのコーティングがされた三脚は格好が良く、しばらくしないうちに翔太のお気に入りとなった。
時は経ち、翔太は中学一年生になった。あれから背丈も伸び、知識も増えた。色々変わることはあったものの、夜空を見るのが好きなことに変わりはなかった。
冬休みも目前というある日、科学の授業で地球の自転と公転について習った。この時期の科学の授業は翔太のお気に入りで、よく耳を傾け熱心に聞き入っていた。
「――だから地球と月はともに自転していて裏側は見えないんだ。まあ月に表も裏も無いと――」
翔太は先生の話を聞きながらもやはり思う。「なぜ誰も月の裏側を知らないのか」と。この疑問は翔太の頭にこびり付いて離れない。
家に帰り、今日出された課題に取り組もうと机に向かうも、疑問が気になり集中できない。
気分転換に音楽を聴くと一時的に頭からは離れたが、聴くのをやめるとまたどこからともなく疑問がやってくる。
そうこうしていると父親が帰ってきた。わからないことがあればすぐに父親に聞いた。
「お父さん!あれはなに?」
「お父さん!これは?」
「お父さん!あそこにでっかい建物ある!」
「お父さん!お父さん!」
特段翔太の父が物知りというわけでもないのだが、父の返しが面白く、ワクワクさせるようなものばかりだった。なので疑問があれば父親に聞くのは癖のようなものになっていた。
「おとうさーん!」
「どうした翔太?」
「ねえねえ!なんで月ってずっと表側しか向いてないの?」
「んー……」
少しの思考の後、翔太の父親が口を開いた。
「いいか翔太、お月さんはなんか大事なもんを守ってんだ」
「大事なものってなに?」
「そりゃあわからねえ。でもお月さんの模様にはうさぎさんがいるだろ?」
「うん」
「なら裏側にはうさぎさんたちが暮らしてるのかもなぁ」
「うさぎさんに会いたい!」
「なら宇宙飛行士にならねえとわかんねぇ話だ。いっぱい勉強しにゃならんぞ?」
「うん!沢山勉強する!」
「よし!なら着替えて飯食って勉強だな!」
これが翔太が月へ行こうと思ったきっかけである。