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桜が舞う季節にバイオレンス

作者: 秋田犬じょんすけ

空いた時間にさくっと読めるバイオレンス&ラブストーリー

①「諦めた夢」

健二には夢があった。自身で作ったランドセルが店頭に並ぶことだ。職人というわけではない。今年で30歳の平凡なサラリーマンだ。そこそこ名の知れた会社に勤めているため、給料も悪くはない。毎日片道1時間かけて会社に通い、数人の部下の面倒を見ながら仕事をして、アパートにつくのは19時半ごろだ。早く帰れているとは言い難いが、ニュースでよく聞くようなブラック企業にはあたらないだろう。新卒で入社した今の会社に不満があるわけではない。1年目からいきたくもない営業の部署に配属され、最初のころは精神的にきつかったが、慣れればなんとかなるものだ。2年、3年となると次第に仕事の容量も分かり、悩むことも増えていった。最初営業に配属された同期が次々他の部署に異動になる中、ずっと営業を続けている私は、案外合っているのかもしれない。ただ、本当は営業は好きではない。

私は高級家具を小売店におろす会社に勤めている。自社の製品は心から好きなわけではない。何とかメリットを探し自社の家具を小売店に取り扱ってもらっている。得意先のお店には結構かわいがってもらっている。もともと口下手は私がなんとかずっと営業の部署にいられるのも、自分の特殊な趣味があるからだ。「こいつランドセル作るのが趣味なんですよ。変わってませんか?」入社二年目、ぽろっと先輩に自分の趣味をもらしたのが間違いだった。同席してくれる先輩は得意先をまわると、いつも私の趣味をネタにした。ここまで笑われるとは思わなかった。しかしこの趣味のおかげで得意先からは気に入られ、飛び込みでまわった小売店からは面白がられた。思えばこの趣味を打ち明けてから、仕事もうまくまわり始めた気がする。

「ランドセル作りってどういうこと?」「つくったもの見せてよ」

得意先からのいろいろな質問にいつもかわしながら、適当に答えていた。今日から俺も9年目か、窓の外の景色、楽しそうに友達と話しながらランドセルを背負って歩いている小学生を横目に平凡な人生を思い返していた。運動のためと思って座らなくてよかった。ほっこりするものを見れた。

いつもはこんなに電車に乗りながら自身の人生を振り返り思いふけることはない。きっといつものように満員電車ではなく、すいているから考える余裕があるのだろう。今日はたまたま朝早くから会議があるため、30分早く電車に乗っていた。


②「ゆりことの再会」

急に後ろから

「もしかしてケンちゃん?」とかわいい女性の声がきこえた。聞き覚えのない声だった。振り返ってみると、あのころよりだいぶと経っているはずなのに一瞬で誰かわかってしまった。

「ゆりこか?」

高校卒業以来なのにゆりこはまったく変わっていなかった。お互い30歳のはずなのに、ゆりこには年を感じさせなかった。

「久々だねケンちゃん」あんなことがあったのにもかかわらず、ゆりこは屈託のない笑顔を私に向けてくれた。

「びっくりした。まったく変わらないな。ゆりこ」

お世辞ではない。本当にそう思った。そのあと二人は十数年ものブランクを感じさせないほど盛り上がった。二人の近況を報告しあった。ゆりこは高校卒業以来地元で働いていたが、数年前に東京に引っ越したという。ふとゆりこの左手を見た。指輪はつけていなかった。私の降りる駅に到着した。1時間という通勤時間がはじめて短く思えた。

その日の仕事は本当にはかどった。なぜゆりこと連絡先を交換しなかったのだろう。ひどく後悔をした。


アパートに帰った。作りかけのランドセルをみた。

-自分の夢を笑い話にしている-

当初はこれほど屈辱的なことはなかったが、つくりかけのランドセルをみるたびに、

『自身で作ったランドセルが店頭に並ぶ』これはただの一時のばかげた夢だったのかもしれないと思えた。まだ一度もランドセルを完成させたことはない。これをみるたびに自己嫌悪に陥ったが、最近はなにも思わなくなった。むしろランドセル作りという行為のおかげて苦手な営業を続けられていた。そう思うことで夢を追いかけないことを正当化した。

しかし今日は違った。きっとゆりこに出会ったからだ。高校時代ゆりこにはよく夢を語っていた。いつかランドセル職人になるのだと。ゆりこは精一杯の笑顔で応援するといってくれた。ゆりこにはもう会いたくないな。明日はいつも通りの時間の電車に乗ろうと思いその日は寝床についた。


③「夢が変わった日」


もうゆりこには会わない。そう思っていたはずなのに、私はまた30分早く電車に乗った。

また同じ車両にゆりこはいた。もしかしたらゆりこも同じく私と話したかったのかもしれない。昨日あれだけ話したのに、いくらでも会話が続いた。また1時間はあっという間にすぎた。

そんな生活が続いた。電車以外でもゆりこと会いたい。強くそう思った。


高校時代、私とゆりこは愛し合っていた。ただゆりこは卒業後地元の会社に就職し、私が大学に入学し、そこからすれ違いが増えた。自分はお金を稼げていない大学生。自立したゆりこに嫉妬し、たまに会えばゆりこに食事代を出してもらっていた。ある日電話で一方的に別れをつげた。本当は好きだったが、ゆりこと会うたびに成長していない自分を見せつけられているようで嫌だった。ゆりこは電話口で泣いていた。それ以来会うことはなかった。


「そういえばランドセル作りは続けているの?」

朝の通勤時間、ゆりことの会話が毎日のルーティーンとなったある日、とうとうゆりこからこの質問を聞かれた。

「ああ、続けているよ。家に帰ったらいつも作業している。最近は個人で販売できるサイトとかも多いからランドセルを売るって夢もかないそうだ」

嘘をついた。見栄をはった。ゆりこには『夢を営業のネタしている』よりも『追いかけている自分』でいたかった。

「そうなんだ。すごく見に行きたい。」

まさかこんなきっかけでゆりこと会える口実ができるとは思っていなかった。というのも、いままで夕食の誘いを何回もしたが、それとなく「今日は忙しい」「予定がある」と断られていたからだ。

「だったら今日うちにこないか?」大胆に誘い、ゆりこは了承してくれた。


その日の仕事は手がつかなかった。ランドセルは作りかけだが、なんとかごまかせるだろうと思った。


その日ゆりこと軽く外で食事をとったあと、家に招いた。部屋で二人きりになるとすぐに私は別れた日のことをわびた。今までとりとめのない会話ばかりで別れた時の話題をさけていた。私はあの頃の幼かった自分を責めながら謝罪した。

「気にしないで」と一言いうとさらにゆりこも告白した。

「実は私バツイチなの」

ゆりこには当時会社の先輩のことが気になっていたらしい。私は社会人のゆりこに嫉妬し、ゆりこは私に会うたび社会人と大学生との生活のギャップに苦しみ、同じ会社の先輩を好きになってしまっていたようだ。私と別れてからその人と付き合い、ほどなくして結婚した。しかしうまくいかず3年で離婚したそうだ。狭い地元で離婚したゆりこは後ろ指をさされるような生活を送り、逃げ出すように東京にきたという。親の援助、元旦那からの慰謝料もあり、何とか生活できているようだ。

「しかも子供がいるんだ。来年小学生になるの。ごめんねいままで隠してて。言えば会えなくなる気がして。今まで夕飯を断っていたもの子供の面倒をみないといけなくて。でも逃げ続けているのが嫌で今日は会ったの。」

2度衝撃の告白をうけたが、不思議と私はゆりこを怒ることをしなかった。むしろこのタイミングで打ち明けてくれた誠実さが勝った。またゆりこを一方的に捨てたと思っていた自分が許された気持ちになれた。

「実は僕もランドセル作り、ずっとしていないんだ。」

何年も前から作りかけのままのランドセルをみせた。

「作っているだけもすごいよケンちゃん」

その言葉に胸があつくなった。ランドセル職人になるのは非常に狭き門だ。高校のときランドセルを作りたいと思ってからひたすら専門書をよんだ。大学にはいると勉強時間以外はすべてランドセルの作成に注いだ。作っては失敗してを繰り返した。しかし、専門学校に通うまでの勇気はなかった。どこかで安定した会社に就職するという保険を持ち続けたかったからだ。

いつしか『自分で作ったランドセルを売りたい』という夢は、ランドセルメーカーに就職するにかわった。それすらもかなわず、今の会社に就職した。それから自分の夢は営業の道具になった。そこそこ努力したと思う。大学時代、サークルや飲み会にいそしむ友人を横目に自分の夢に時間をかけていた。すこしずつその夢を自らで否定した社会人生活、-作っているだけもすごいよケンちゃん-というゆりこの言葉が身に染みた。


私はゆりこを抱いた。


行為が終わったのち、別れてからずっとよりを戻したかった事、高校時代から美しさが変わらないことを伝えた。大げさだったかもしれないが愛をつたえたかった。

「若作りしているだけだよ。もしかしたらケンちゃんに偶然会うときのためにずっと若作りしてたのかも」とゆりこはいった。

子供がいても関係ない。もう離さない。


その日から私とゆりこは付き合った。ゆりこの子供とも頻繁にあった。すぐ私になついてくれた。来年小学生になる子供の名前はゆうたという。ゆりことゆうたの生活は平凡な日常を彩ってくれた。夏になったある日、ゆりこは言った。

「ゆうたにランドセルつくってよ」

その日から私の『自身で作ったランドセルが店頭に並ぶ』夢は『自作のランドセルをゆうたに背負ってもらう』になった。





④「桜が舞う季節に」

4月10日、この日が無事きてよかった。昨年の夏、ゆりこに「ランドセルをつくってよ」と言われてからの私は学生時代に戻ったようにランドセル作りに没頭した。19時半に家に帰ってから寝るまでの時間をつぎ込んだ。

失敗をくりかえし、ようやくランドセルが完成したときは本当にうれしかった。ゆりこも喜んでくれた。ゆうたもランドセルを楽しみにしてくれた。ゆうたのオーダーで作った、ベージュ色のランドセル。今は黒よりもベージュがはやりらしい。先週ゆうたにプレゼントをした。今日はゆうたが通う小学校の門の前で待ち合わせをしている。桜が舞っている。ふと去年のいまごろを思い出した。電車の中でランドセルを背負っている小学生をみていたあの日。ゆりこに偶然声をかけられてから平凡な人生がかわった。好きな人がいて、趣味があって、愛すべき子供がいて。他人からしたらこれこそ平凡かもしれないが、私には宝物だ。待ち合わせの門に立ち、私は右手に小さな箱をもっている。背中にかくしてみえないように。入学式が終わればゆりこに思いをつげよう。

遠くからゆりことゆうたの声がした。ゆうたが走りながら近づいてきた。

私は衝撃をうけた。ゆうたは黒色のランドセルを背負っている。わたしはもっていた小さな箱を落とした。代わりにぎゅっとこぶしをにぎった。

力いっぱいゆうたを殴った。


-桜が舞う季節にバイオレンス-


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