果敢無 民哉 Vol.2
「……ツッ!」
俺は慌ててその場を逃げ出した。
「どうか娘をお願いします!身長は160cmで年齢は15歳。髪は黒髪。名前は蛍と言います!」
声が聞こえないように出来るだけ歩くペースを速めた。
「……」
現にどう説明すればいいんだ!?貴方の娘さん、昨日ここで幽霊でしたよって?
……無理だ。頭がおかしいやつだと思われる。絶対に怒られる。いや、恨まれて刺されるまである。
俺は何も間違っちゃいない……。俺が行かなくても誰かがきっと助けてくれるはずだ。
「娘は死んだ妻にて眼元が綺麗なんです!一度見たら忘れないような可愛い娘なんです!どなたか見かけた方はいらっしゃいませんか!?」
あっそうだ。そうだった、そうだった!あれは夢だ。何も見てないんだった。何を勘違いしてたんだ。
「私が多忙を理由になかなか面倒を見ることができず一人にしてしまい、娘に寂しい思いをさせてしまいました!娘は置手紙に「お世話なりました。」とだけ書き残し去って行きました。娘の真意はわかりませんが、おそらく私に父親失格だと伝えたかったのでしょう。ダメな父親です!でもだから!だから!」
……いや、そんなこと……通行人に伝えなくていいから……ドン引きされるだけだって……。
「会ってもう一度チャンスが欲しいと伝えたいのです!今、どこかで雨に打たれてはいないか、風邪を引いていないか心配で心配でたまりません!もし打たれているなら同じように私も打たれようと!苦しみを分かち合おうと!そして、楽しい時は一緒に笑いたいのです!妻とも最後に約束しました!蛍を立派に育てると!だからどうか――」
気が付くと、いつの間にか立ち止まって聞き入ってしまっていた。
独白にもとれるその内容があまりにも痛々しく、惨めで居た堪れず、逃げだそうとした事に罪悪感に苛まれてしまった。
声が止んだ。
振り返って様子を見ると、やはり先ほどいた人集りは蜘蛛の子を散らすように消えていた。
少女の父親はずぶ濡れになりながら崩れるように座り込んでいる。
……本当は嫌だ。関わりたくない。痛い目を見るのは予想がつく。
だけど、一向に罪悪感は消えてくれないし、ここで逃げたら一生後悔してしまう。
はやく大人になりたい……。なってさえいればこんなことには……。
そんなことを思いながら、重い足取りで少女の父親に近づいていく。
やがて、座り込んでいる頭上に俺は傘を掲げた。
「……大丈夫ですか?」
「あ、ああ、すまない。叫びすぎて疲れてしまったようだ。」
そう言って少女の父親は乾いた笑い声をあげた。
「……あの、良かったらこの傘使って下さい。」
なかなか本題を言い出せず、苦し紛れに出た言葉がそれだった。
「あ、いや大丈夫だよ。ここへは車で来ていてね。すぐそこに止めてある。誤解させてしまったようで申し訳ない。ちょっとパフォーマンスが過ぎたかもしれない。」
それを聞いて俺は動揺した。
「え、じゃあ全部嘘だったんですか!?」
すると慌てて少女の父親は、”いやいや”と手を振って見せた。
「そういう意味じゃないんだよ。私の話をどれだけ他者に記憶として貰えるのか、工夫をしていたんだ。「メラビアンの法則」を逆利用したってわけさ」
メ……メラ……?
俺の困惑した顔があからさまに出ていたのか、少女の父親は曇った眼鏡を外すこともなくまた笑ってみせた。
「いや、いいんだ。娘への気持ちは本当でね。置手紙を残していなくなってからもう3か月になる。焦ってバカなことをしたってだけのことだよ。ハハハ、気にしないでくれ」
なんとなくだが、人を引き付けるためにあえて奇抜な恰好をしていたのは理解できた。
誤解していたのは、失踪してまだ日が経っていないと思っていたことだ。もう3か月も経っていたなんて……。
そしてこの人も、不器用だけど思ったより話が通じる人なのかもしれない。
だけど、それがわかればわかるほど言い出そうとしていた言葉が余計に出てこなくなる。
昨日みた少女が幽霊である線がより濃厚になり、伝えた後の少女の父親の反応を想像すると……。
「心配させてすまなかったね。私も今日はそろそろ帰るとするよ。」
そうまごまごとしていると少女の父親は立ち上がり、地面に置いていた金属探知機を脇に抱えて、帰る準備をし始めた。
「いや、あ、あの……」
「君ももし、娘を見かけたら……いや、なんでもない。こんな変なおじさんに付き合わせてしまって申し訳ない。親御さんに心配されないうちに気を付けて帰りなさい」
そう言って、車を止めてある駐車場の方向なのだろう。少女の父親は背を向けて歩き始めた。
……これでいいのか?こんな形で終わってしまっていいのか?
そう自問自答して、乾いた喉に無理矢理唾を飲み込む。
俺は震えていた手をぎゅっと握りしめた。
「あ、あほ!」
緊張しすぎて盛大に噛んだ。噛んだ挙句になぜか大声で侮辱する形になってしまった!
「え……」
振り返った少女の父親は、曇り眼鏡でもわかるほど悲しい表情をしている。やばい!
「あ、あの……娘さん、見たかもしれません」
それから沈黙が続いた。実際は数秒だったと思う。
小雨の音がうるさく感じるほどだ。およそ10メートルの距離で中学生と奇抜な恰好をしたおっさんが見つめあっていた。
突然、少女の父親は抱えた金属探知機を手放した。鈍い金属音が響く。途端、弾けたように全速力で走ってきた。
「うわっ!」
思わず声をでてしまったが意を返すことなく、至近距離で両肩をがっしりと掴まれた。
「蛍を見たのかい!?何時!何分!何曜日!?いつ!?どこで!?」
痛い痛い痛い!怖い怖い怖い!近い近い近い!
先ほど、疲れて座り込んでいた人とは思えないほど掴まれた両腕は悲鳴を上げていた。
「いや、ちょっと待って!いった!お、落ち着いてください!」
「あ、ああ、すまない……」
少女の父親の豹変ぶりに狂気じみたものを感じて尻込みしそうになるも、今更後に引けるわけもなく。
というか、この人多分逃げても逃がしてくれないだろうし……。
「ちょっとどこか話せるところに行きましょう。ここじゃあ、あれなんで……」
そうして駅前店舗の一つ。ファミリーレストラン「レザベイユ」に俺たちは向かうことになった。