果敢無 民哉
【6月14日】
昨日は散々な1日だった。
あの後、見つけたスマホの画面はバキバキに壊れ、遅い帰宅から家族にケーキを落とした事を報告。
案の定。
父はとんがり帽子とクラッカーを装備したままショックのあまり固まり、「だから歩きスマホは止めなさいとあれほど言ったでしょ!」と母からは30分ほど説教をプレゼントされた。
それでも俺は、何処か上の空で「すみませんでした……」とおざなりな謝罪を繰り返していた。
母は呆れと怒りで自室に篭り、父の誕生日会は中止。
俺もとぼとぼと2階の自室に向かい、その間も父は固まり続けてダイニングに1人取り残された。
自室に入って何もする気力がなく、ベッドに倒れ込んでこのまま寝てしまおうと目を瞑る。
が、一睡もできそうになく部屋をぼんやり眺めていた。
すると一階から「パンッ!」と悲しい音が響いてきて、そういえば家族がもう1人居たなと思い返す。
誰でもいいから話を聞いてほしい……と、ふらふらと弟の部屋へと向かった。
年子で一つ下の弟:辛。
思春期で最近仲はよろしくない。
ドアを開けると今日も我関せずで先に自室に篭りゲームを楽しんでいた。
「ノックぐらいしてよ」と無感情な声で此方も見ずに呟く弟を、まあまあと嗜めて事の顛末を包み隠さず話した。
「ふ〜ん」「へえ〜」「マンガみたい」
興味なさげで、弟が言葉を発するたびに沸沸とこみ上げるものを我慢しながら「どう思う?」と相談を持ちかける。
「欲求不満じゃない?エロサイトでも見て抜いたら?」
中学2年生とは思えない発言についカッとなって
「スマホ壊れてんだよ!」
と訳の分からないキレ方で弟を殴ってしまった。
そこから喧嘩になって――
「ふぁああ、イツっ!」
欠伸と共に反撃された右頬の腫れがまた痛み始めた。
これ程学校に行きたいと思ったことは無かった。
家での居場所や、兄の威厳とか。
全て無くしてしまった気がして家に居るのが怖くてたまらない。
「信じて貰いたかっただけなんだけどな……」
弟に信じて貰えなければ、もう誰も信じて貰えないだろう。
クラスメイトの男友達でさえ、弟と同様に思春期特有の妄想だとあしらわれるに決まっている。
「狼少年の方がまだましかもな」
何度も狼が来たと嘘をついて人をだましたために、本当に狼が来たときに誰も信用してくれなかった少年。
でも一度は信用して貰えたんだ。
俺の嘘のような本当の話は俺自身が信じれない、信じたくない出来事だったわけで……。
「幽霊……」
青白く、淡く光っていたあの少女。
だけど、あの時の恥じらう姿や動きがどうしても幽霊と結び付けるには相応しくないし、釈然としない。
それに引っ掛かる点はそこだけじゃなくて――
「見た事あるんだよな……どこかで」
と、昨夜思い巡れせていた疑問を再燃させていることに気づき、顔をブンブンと振って自分の顔を両手で叩いた。
「ツッーーーーー!」
右頬の激痛で睡眠不足による眠気を吹き飛ばした。
昨日は何も無かった。夢を見ていたんだ。来月まで昼飯は食えないけれども、家族との関係は険悪になったけれども、スマホの画面は壊れたけれども、何も見ていない。俺は何も見てないんだ。
……よし。
とりあえず帰ったら家族に謝ろうと決めて学校へ急いだ。
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「おいおい……。中学最後の大会前だぞ。兄弟喧嘩もほどほどにしとけよ」
「ハハハ、すいません」
職員室で部活顧問からお叱りを受けていた。
ケガを理由に水泳部活動のお休みを頂こうしたためだ。
所々、身体は打撲し、口の中は切れていて染みると流石に痛い。
「その前に期末試験もあるが――ま、お前は大丈夫だろうけど」
「まあ、治す間に予習でもしとこうかと」
「はぁ……大会まで追い込みの時期だっていうのに、後先考えずに行動するたぁ、やっぱ子供だな」
「ハハハ……すみません」
学校の中でも謝り続けるとは思ってもみなかった。
「まあいいわ。それはそうと……お前そろそろ髪染めた方がいいぞ」
「これですか?」
顧問が俺の頭部を見て心配した表情を示した。
その心配は<父親の遺伝>を心配したものではなく、プールの塩素による影響で脱色された茶髪のことだ。
「地毛証明書は提出してますし、それにカッコよくないですか?」
「……お前の場合逆効果だ」
「……先生に見た目でディスられるとは思わなかった。」
「おい、問題発言みたいな言い方するのやめろ!今、厳しい時代なんだから……。目だ!目!きつい目をしているから悪印象を受けやすいぞって心配してるんだ!」
「やっぱりディスられてる……」
「お前、顧問を困らせて楽しいか?」
「はい」
「アホか」
軽く蹴られてズキズキと痛む脛を摩りながら、それがどこか嬉しくて、温かい感じがして少し気分が晴れた気がした。
「イテテ……まあ、考えときます」
「絶対する気ないだろお前」
「失礼しましたー!」
「おい!……たくっ」と後ろで悪態をついている顧問
を残して職員室を後にした。
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朝は曇り空だったが、帰りはあいにくの雨となっていた。
持っていた折り畳み傘を差していつもより早めの下校途中。
樫葉原駅前付近まで辿り着いていた。
「なんなんだ今度は……」
帰宅ラッシュと重なっていない分、通行人もまばらでいつもより閑散とした駅前……の筈が小さくではあるけど人集りが出来ていた。
「……」
昨日のこともあってか面倒事に関わりたくはないので、近づくことに気乗りしないものの。
わざわざ雨の中、遠回りしてまで避けようとも思えず渋々近づいていった。
「何あれヤバくない?」
「ネタなのか、マジなのかわかんねえ」
嘲笑にも取れる声が聞こえてきたかと思えば、その声を掻き消さんとばかりの大声が響きわたっていた。
「娘を探しています!この子です!どなたか見かけた方はいませんか?少しの情報でも結構です!よろしくお願いします!」
それは、嘲笑されるような内容ではなく周囲の人たちに腹立たしさや不信感が芽生えるほどだった。
それと同時に興味が湧いて、人混みを掻き分けて確かめることにした。
だが、確認したあとに周囲の反応に少しだけ納得してしまった俺がいた。
嘲笑ではなく戸惑いだったんだ。
雨の中、傘もささずに大声で叫ぶ白髪の人物は何故か白衣で、娘らしき写真を大きくした印刷物を看板服のように着ていた。
それだけなら戸惑いもないのだが、頭には洞窟探検でよく見る懐中電灯を装着し、右手には地雷を探すような大きな金属探知機を持っていたのだ。
明らかに不自然な出で立ちで周囲の人達が困惑するには充分過ぎた。
また濡れた眼鏡がどうにも牛乳瓶の底に見えて、これはテレビのドッキリ企画なのではと思える程その姿は失礼だけど滑稽に見えた。
「娘を探しています!どうか、ご協力お願いします!」
こんなに必死さは伝わるのに信じることに躊躇してしまう。
なんだか悲しい気持ちになってきた。
信用されるには、まず準備が必要なんだと思い知らされた。
傘は持っておくべきだったと思う。
探したい娘の写真も雨に濡れてと見えにくく――
その娘の写真が微かに見えた。
開いた口が塞がらない。
実物より写っている娘の顔は幼いのだが。
目や口や鼻の位置。
成長すればどれをとっても昨日見た「幽霊の少女」と
そっくりだったんだ。