神様、主人公ってこうじゃないと思います!
ある日、夢を見た。
「やあ、少年。今から君を主人公にしてあげよう」
と、神様に言われる夢。
* * *
「まあ、やっぱこうなるよな」
朝6時半。
いつも通り起床するが、見慣れた天井が一番最初に目に入る。
カーテンを開けて窓越しに風景を見るが平凡な住宅街が広がるのみ。
にしても、どうして急にあんな夢見たのかなあ。
高校生活は2年目の今でも、現実逃避したいほど苦しくない。というか、むしろ毎日楽しいくらいだ。
「真一、そろそろ起きないと遅刻するわよ」
恐らく台所から呼びかけたであろう母の声に、
「やべ」
と呟いて急いで制服に着替えた。
* * *
いつもと同じトーストとコーヒーをお腹に流し込み、いつも通りの通学路を歩く。
近いから、という理由で選んだこの高校は、徒歩で10分。
特に遅刻する、ということはないのでゆっくり歩く。
そして角を曲がろうとすると、
「あ、すみません!」
同じく徒歩だったらしい人にぶつかりそうになった。
制服は隣の頭がいいと有名な高校のもの。
茶髪がふわふわしていてトイプードルを思い浮かべた。
「ケガはありませんか?」
慌てたように聞くその子に俺は、
「大丈夫です。あなたこそ大丈夫ですか?」
回避したからかケガはないと思うけど、俺より頭一個分位低いので少し心配だ。
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
こちらが気後れしそうなほど、ペコペコ頭を下げてその子は去っていった。
その後だ。
「どうだ、若干主人公ぽかっただろう?」
夢で見た神様が現れたのは。
「え? 本物?」
「もちろん」
重々しく頷く神様。
その言葉に俺は、
「せめて主人公ぽくするなら同じ学校の人にしてくださいよ!」
思わず突っ込んだ。
だっておかしくね?
普通こういう場面って、トースト咥えた同じ学校の美少女とぶつかって恋に発展する流れじゃん!
「そうか。少年にこのシチュエーションは物足りなかったか……。では、次は同じ学校の人で考えてみよう」
残念そうにいう神様に少し申し訳なくなるが、元はと言えば、神様が悪いと思う。
これくらいの微妙な主人公ならないほうがましだ。
なんか高級ステーキを目の前に出された後、食べられずに肉野菜炒めを食べる気分だ。
* * *
登校中は特に何も起こらなかった。
変化があったのは学校に入った後。
「あの、すみません。教室の鍵の場所、教えていただけませんか?」
どうやらスリッパの色的に1年生。
あー、確かにこの高校鍵の置き場所特殊なんだよな。
職員室ではなく、隣の用務員室にあるのだ。
しかも職員室は2階の隅の方。
「用務員室ってあるんだけど、分かる?」
少女の後ろで一つに束ねていた髪の毛が左右に振られた。
「あ、じゃあ案内するよ。どうせ俺も行くところだし」
「お願いします」
きっちりお辞儀をされるとなぜだかむず痒くなる。
「ここだよ」
用務員室と昔はきれいに書かれてたであろうプレートを指さし、俺は「失礼します」と声をかける。
中には既に用務員のおっちゃんがいた。
見た目は頑固な職人という感じだが、中身は意外と気さくで生徒から人気である。
少女も俺に続いて「失礼します」と用務員室に踏み入れる。
やや緊張気味の行動に俺も昔はこうだったなあ、と懐かしく思った。
「先輩、ありがとうございます」
きっちり礼をして去っていく少女に本当に真面目だなあと感心する。
「どうだ、今度はいいだろう?」
「いや、今のはただの学校案内では?」
再び出てきた神様。
2回目なので先ほどよりは驚かない。
というか、今のは絶対親切な先輩以上の感情抱かないだろ。
「ならば、少年はどういうシチュエーションならいいんだ?」
神様の言葉に少し考える。
でも、特にないんだよなあ。
というか今のままで十分楽しめるし。
「どうせなら、モンスターを魔法で倒してみたい」
こればかりは、神様の力がないと無理だろう。
「そうか、少年はもしかして同性あーー」
「それはない」
恋愛より、魔法を取るのがそんなにダメか!
「本当は恋愛関係がよかったんじゃけど」
不満そうな顔をしつつ、「まあ、頑張ってみるわい」と言ってくれた。
どんな感じになるか楽しみだ。
* * *
いつ起こるか気になって授業中も上の空だったが、特に何も起こらないまま放課後になってしまった。
おかしいなあ。
そんなことを思いながら靴箱に向かう。
部活は陸上部をやっているが、今日は休みなのでそのまま帰るつもりだ。
その時、校門の方で人が一斉に逃げ出すのが見えた。
もしかして、これがモンスターか!
期待しつつ人の波に逆らって近づくと、
「何で熊がいるんだよ!」
モンスターでも何でもない、ただの野生動物だった。
隣町は結構出現するらしいが、ここではそんなにめったにお目にかかれるものではない。
「だから言ったじゃろ、モンスターだ」
お気楽そうに宙にいるのは神様。
自分は安全だからって余裕しゃくしゃくだ。
そして不運なことに周りに誰も人がいない。
1人じゃ絶対勝てないだろ。というか、立ち上がったら2メートルはくだらない体長だし、大人数でも危ないんじゃないか……?
背中に嫌な汗が流れた。
こういう時はどうしたらいいんだっけ?
とりあえず、背中を向けたら負けだ。
と、ここであることを思い出した。
「ところで、魔法は?」
俺は言ったはずだ。
魔法で倒したい、と。
「ああ、それなら使えるぞ」
その言葉にホッとする。
何の魔法だろう。火だとかっこいいな。水だと知性的な感じ。草だと守りが強そう。
「回復魔法が」
「滅べ」
なんでよりによってそれだよ!
1人じゃ戦えないやつじゃん!
「大丈夫じゃ。襲われても自分で回復できるからな」
妙に上手いウィンクを残して消えてしまった。
次会ったらめちゃくちゃ文句言ってやろう。
そんな現実逃避をしている間も熊は動く。
「あ、言い忘れたが、熊を追い払わない限りこの周辺10メートルは人が入れんぞ」
降ってきた声に絶望する。
つまりなんとかしてこいつを追い払わなくてはいけないのか……。
しかもさっきから唸っているこいつを。
「ん? 唸っている?」
よく熊を見てみると、左前足をかばっているように見える。
いや、左前足ではない。
そこにはケガをした子熊がいた。
そういえば最近害獣退治のために隣町でたくさん罠を仕掛けたと聞いた気がする。
もしかしたら子熊がその罠に引っかかってケガをしてしまったのかもしれない。
そして、子熊を守るためにやや神経が過敏になっているだけかも……。
そうと決まればやることは1つ。
折角の回復魔法だ。
どうやって使えばいいか分からないがとりあえず子熊の傷が治るようイメージしてみる。
すると光に包まれて、子熊の傷が治っただけでなく、毛並みも艶々した状態になった。
熊はいきなり子熊の状態が変化して驚いたようだが、野生の勘というやつか俺が治したと感じたらしい。
先ほどより優しい瞳で俺を見て、去っていった。
「どうじゃ? 魔法でモンスターを倒せただろう」
ドヤ顔で言う神様に、
「まあ」
とあいまいな返事しか出来なかった。
いろいろ文句は言いたいが、それより疲れの方が上回っている。
どうやら神様のフィールドのせいで、誰も周りにいないからこの活躍は誰にも知られないだろう。
そう思いながら熊がいた場所から離れようとすると、
「先輩、すごいです!」
朝、用務員室を教えた少女が近くに現れた。
彼女が来た方向から察するにきっと丘から来たんだろう。
この高校名物の大きな桜の木が頂上にある丘から。
しかも、口振り的に終始見ていたらしい。
なんか、すごく恥ずかしいんだが……。
「あの光、先輩の力ですか!? 私もそういうのあるんです!」
その言葉に俺は驚く。
でも、もっと驚いたのはその続き。
「私と一緒に、異世界を救う旅をしませんか?」
どうやら、本当に主人公になりそうだ。