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若人たちの聖戦

作者: うなぎ城

 菅原が聞く。

「なぁ…お前ら、おっぱい見たことある?」

剣持が答える。

「いや何の流れだよ。」

別役が罵る。

「お前、課題やれって。」

江口が言う。

「おれは見たことあるぞ。」

一同が驚く。

「えっ!?」


 「あるだろそりゃあ、だいたいそんな珍しいものでもない。」

皆の注目を一身に集めながら、バカにするように江口がそう続ける。

「お前、いつの間にそんな…。」

とは、クール装うむっつり魔神として有名な別役の敗北感から出たことば。剣持もまた、同様の感情から「マジかよ…。」と言ったきり固まってしまった。そんななか言い出しっぺのエロス大明神こと菅原は、静まりつつある場の空気を切り裂くように、机を両手で叩きながら叫んだ。

「ふざけんな!」

高校の二階の角部屋、普通の教室よりやや小さい休憩室にこだまする怒声。西向きの整然とした窓ガラスが、びりびりと振動する。部屋は現在彼らの貸し切り状態であり、その自由さからか少しオーバーになってしまったリアクションは、完全に三人を萎縮させた。それでも菅原は、仲良し四人組の中から一人先を越された嫉妬の炎を燃やし、息巻いて問い詰める。

「誰だ!誰のだよ!?お前いつの間にそんな階段上ったよ!?マジ大人かよ!返答次第では絶交だよ!!」

ぎらぎらとした目で畳み掛ける菅原に、江口はどもりつつ答えた。

「え、いや…か、かーちゃんのをさ…。」

深い溜め息と共に、全員が一斉に肩を落とした。バツが悪そうに江口が答えた内容のあまりの陳腐さ。菅原もまた過剰反応しすぎたと後悔しながら、勢いを抑えきれず八つ当たりする。

「お前さぁ、そういうのじゃなくない?そういうのいらなくない?」

石化の解けた剣持もまた、江口を非難する。

「菅原じゃないけどおれは江口と絶交してもいい。」

別役はひたすら冷淡な視線をザクザクと突き刺し続けていたが、剣持に乗っかって言う。

「むしろ絶交する。」

菅原が続く。

「てか絶交した。」

江口が謝りながら言う。

「ごめんてよ…。ちょっとボケただけで絶交すんなよ…。」


 「まあ、絶交はするとしてだな。」

菅原が再度切り出した。

「おまっ、だから絶交っておまっ。」

慌てて突っ込みをいれる江口だったが、菅原はそんな普通の返しに軽く無視を決め込み、鼻の前で指を組ませ机に両肘をつくと、無駄にイケた声をつくって、質問を続けた。

「おっぱい、見たことあるか?みんな。」

効果音で言うならゴゴゴというところだろうか。先程のつまらないボケにより生まれた皆の険しい表情が、不思議と相まって下らない話題に真剣味を持たせていた。いや、少なくとも菅原は真剣だった。そしてむしろ、今そこに全員が追いついた。

「ねぇよ…。」

と、静かにこれまた深い声で、別役が返した。

「こちとら彼女いない歴才じゃボケ…。」

自称パンピーこと剣持もまた、やはり同様の声色で続いた。江口もこの流れに乗じようと思ったが、先の失敗でやや怯んでしまったために何も言えなかった。

「ってゆーかさ、課題をやれよ課題を。分担してやろうって、そういう集まりだったじゃん。」

別役はごまかすようにそう言ったが、この日四人は確かに、明日までに終わらせるべき数学の課題を効率よく進めるため、わざわざ放課後に空き部屋に集まってきたのだった。今もそれぞれ書き込み形式の問題集の別々のページを開き、二次関数の微分というものに理解を深めていたところだった。

「はぁ…やだやだ、誰か女っ気のあるやつはいねーのか。」

菅原は普段の軽々しい響きの声に戻すと、十分な抑揚をつけて手を振り首を振り、とにかく大袈裟に落ち込んで見せた。それは煽るような意味合いが多分にあったのだが、そこに剣持が釣れた。

「じゃあお前はどうなんだよ。」

「あん?」

「お前は見たことあんのかよ…その、おっぱいをさ。」

剣持が照れながらおっぱいと言ったのは、自称パンピーたる所以である。まだ高校生の身に、女性のプライベートな部位の名を口に出すのは憚られるのだ。しかし、別役はむっつり魔神、菅原はエロス大明神と神々の集う空間では、全力投球の下世話なトークが目白押し。さらに江口に至っては、苗字のせいで小学生の時分からただ単純に『エロ』と呼ばれ続けてきた可哀想な生い立ち。必然、そういった話題には強くなっていったし、彼らは惹かれるべくして惹かれあっていた。剣持だって、人並み以上にはそういった話題に興味があったからこそ、彼らと通じ合っていた。男子だね。若いっていいね。

「見たことねーから聞いてんだろ。言わせんなよ心が痛い。」

菅原が半ばキレ気味にそう答える。

「おう…なんか、すまん。」

「ホントだよ…。」

もはや完全に共倒れの状況。この休憩室の全員が意気消沈して、すっかり課題などやる雰囲気ではなくなってしまった。


 西日が余すところなく差し込み、鮮やかなオレンジ色に染まる教室。四隅に置かれた円卓の一つを占拠する彼らのうち、窓に背を向けているのは菅原と別役。剣持と江口は、そのままでは窓を向く状態であったため、いささかまぶしそうに目を細めていた。が、決して夕日など直視できるはずのない方の二人もまた、似たようにうつろな視線をぼやかしていた。今この瞬間、思春期真っ盛りの男子四人が考えることは同じく、ひたすらおっぱいについてのことばかりである。各々が各々の理想形を想像しつつ、ああ触りたい揉みたい、揉むならどう揉むだろうかなどと、バカバカしい煩悩むき出しの妄想を膨らませ、しかし顔だけは悟られぬようにと取り繕っていた。そのうち、相変わらずわざとらしく、背もたれに手をかけながら振り返って、黄昏るように窓から空を見る菅原。そしてここまでくると四人のいつもの流れ。下トークの急先鋒として何のためらいもなく、己が欲望をぶちまけた。

「おれは…でっかいおっぱいが揉みたい。」

他三人の沈黙は続いたが、誰しもが同じ意見であった。菅原は皆の方を向き直し、両手をいかにもいやらしい手つきで動かしながら続ける。

「こう、下からこうさ。持ち上げるようにさ…。重みを感じたいわけ!」

うんうんとうなずく三人。その仕草は、天からの褒美を受け止めようとする敬虔な信者のようであった。

「そしてなんていうの、そのまま流れるように正面からこう…なんていうの!?」

ついに揉む動作へと入り、数回その真似をしただけで恥ずかしさに耐え切れなくなった菅原は、唐突にテンション爆上げでそれをごまかした。皆もどうしようもない妄想に悶えた…かと思いきや、別役だけは冷静に分析していた。

「いや、そんな風に揉んだら痛いんじゃないか?」

えっ、と驚いたようすで、今度は三人が別役に視線を集めた。

「ネットで見た情報だと、あまり強く揉むと痛いらしい。まずは服の上から触り、次に脱がせて触り、最後は形が少し変わる程度の力で…がコツだそうだ。」

「そ、そうなのか…。」

「まあネットの情報だがな。おれは確かめてない。てか確かめたい。」

別役の話を食い気味に聞く三人であったが、菅原は久々にそういった知識で負けてしまい、ちょっぴり落ち込んでいた。

「…確かめてみたいなぁ、でっかいおっぱいで。」

とは、剣持のことば。そろそろ恥じらいも薄れてきたか、流ちょうにおっぱいと言うさまは、さすがこのメンバーとつるむだけのことはあるといった感じ。全員のおっぱい欲が今、一つになろうとしている…。が、そこへ水を差すように、江口が一言投げかけた。

「でかいおっぱいよりも、形のいいおっぱいがいいかも。」

この一言により、それまでの一致団結したおっぱい欲の空気から一転、殺伐とした欲望のぶつかり合いが始まってしまうのであった。まず一発目をぶつけたのはやはり、抑えきれぬ性への熱意、大明神菅原だった。

「いやいやいや、お前サイズ感は大事だろう。」

そこへさらにパンピー剣持が畳みかける。

「おっぱいってだけで最高だろ?そして大きいと揉みごたえがあるだろ?そういうことだよ。」

ぐぬぬ…と悔しさ混じり、二人の勢いに挫けつつある江口であったが、ここで別役が助け船となる。

「確かにそういうのもあるけどな、まずは目で楽しむものじゃないか?」

「そう!それ!そういうことだよ!」

江口はここぞとばかりにその意見を持ち上げ、さらに語る。

「やっぱ揉むのもさ、こう、きれいなおっぱいがあってさ、それを一回眺めたいわけ!でさ、その、揉むときにはさ、そっから自分の手で形を変えていくわけじゃん?その変化が気持ちいいっていうか、そこを観たいんだよね!それでさ…。」

「きもいぞエロ。」

「その呼び名はよせ。」

熱の入った講釈を続ける江口であったが、それを遮って剣持が反論する。

「きもいぞエロ。」

「なぜ二回言った。」

いや、反論の前にいじる。

「いやまぁ言っとこうかなって…。」

「古傷だぞ。しみるぞ。じわじわ痛むぞ。」

「そんなにか。」

「そんなにぞ。」

「いや無理して『ぞ』使わなくても…すまんて。」

「来るもの…あるぞ…。」

「お、おう…。えっと、何だっけ…あ、形にこだわるとしてもだ。結局揉むわけじゃん。」

いじりがいのある禁句『エロ』を持ち出され、ガチ目の落ち込みを見せる江口であったが、そこは仲良したち、適度に笑いに変えて乗り越えていった。剣持もちゃんと謝罪をし、今度こそ反論する。

「いざ揉むとなったら、やっぱり女の子も恥ずかしいと思うんだ。だから電気を消してあげる、するとほとんど何も見えない状態、ってことになるじゃん?」

そこからは互いの応戦につぐ応戦、まさに激論であった。

「だとしても、形のいいおっぱいは触りがいもあるだろうし、手触りも抜群だろうさ。」

「いや、触りがいって話ならおっきいほうも負けてないと思うぞ!もうな!たわわだぞ!」

「あんまり大きいといい形にならないんじゃないかぞ。」

「ホント悪かったって。だらしないおっぱいとか最高じゃないか。おれは推すぞ。」

「それはデブだろうが。剣持はデブがいいのかよ。」

「ぽっちゃりまでなら…。」

「そういう性癖の持ち主だったか…やはり『自称』パンピー。」

「さすが『自称』パンピー。」

「やりおるぞ『自称』パンピーぞ。」

「あれ?おれいじめられてる?てか菅原は味方じゃなかったの?」

「ハッハッハ!いつまでもおれが他人に迎合していると思ったか!?」

「難しい言葉を使うな!わからん!あと江口はごめんて!」

「形のいいおっぱいぞ!!所望ぞ!!」

「……。」

「…。」


 「…もうさ。」

白熱する議論に疲弊しきった別役が、一時の休憩の後、溜め息混じりに話し始めた。皆ああでもないこうでもないと、自らのこだわりを主張し続け、気が付けばもう外は真っ暗。日はすっかり傾いてしまい、下校時刻を気にし始める時間となってしまっていた。

「みんなの意見は十分理解した。」

全員が餓えた獣のような眼を別役に向ける。とりあえず落ち着いてくれと、両手を軽く前に出して下に抑えるように振り、鼻息荒く血の気の多い野獣たちをなだめた。そうして大人しくなった頃合いに、菅原よろしくいかにもな咳払いを一つしてから喋りだした。

「理想を語るならさ、いいとこどりしよう。」

提案はつまり、全員の意見を総合した『大きくて形のいいおっぱい(お椀型・垂れすぎない。ときどきぽっちゃり)』を我々の理想と掲げることであった。それは画期的発想。斬新かつ巧妙、これぞおっぱい革命と言わしめる妙案であった。ちなみに形状のこだわりは別役発の意見であり、江口の「釣り鐘型が…」は一対三で却下された。

「それってすっごく…いいなぁ…。」

「ボキャブラリー壊滅するほどだったか、剣持…。ありがとう。」

「釣り鐘型…。」

「江口は『釣り鐘型・垂れすぎずぽちゃらない』を理想にすればいいんじゃないか。」

「『釣り鐘型・垂れすぎずぽちゃらない』…?ああ、なんて甘美な響き…。」

互いに一歩も譲らない大きさvs形決戦は、まさかの両者融合という何とも議論の意味があったのかなかったのかという結果で幕を閉じた。そしてやっぱり最終的に、各々の頭の中で各々の理想のおっぱい像を抱き妄想するのが正解という、だったらなんでそんなに時間をかけて討論し続けてしまったのと非難轟々受けざるを得ない、それはそれは四人らしい結論が得られたのだった。

 おっぱい。その無限の可能性。彼らはそこに挑戦し、時に傷つけあい、時に助け合いながら、真理を獲得した。今までに味わったことのない、満ち足りた感情、充実感。激戦の果てに、こんなにも素晴らしい世界が広がっていたなんて…。そして彼らは旅立った。さらなる高みを探し求めて、果てしなき電脳の海へと――。


 数学の課題は、終わらなかった。

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