⑤
あれぇ?ゾンビが出てこないぞ?
「いっかぁ〜?!最終確認だ。まずは今から降りる駅ビルの制圧。そこに拠点を作って指示を出すから。爺ちゃんの部下の人達の行動も妨げないように!インカム、失くすなよ?」
ヘリの爆音に負けないように大声を出す。
やぁ、みなさんこんにちは。
ただいまゾンビパニックの起こっている風間駅上空からお送りしてますっと。
陸路塞がれてたし、どうせ介入した時点でコッチの正体はバレちゃうだろうしって事で、ド派手に空路使って乗り込むことにしたんだよ。
俺たち降ろすついでにヘリの皆さんには町の様子を撮影して映像を国の防衛の方に流す予定。
これで何かしらの動きをしてくれるだろうから、俺たちは、国が出張ってくる間の時間稼ぎをして、生存者の保護と出来れば今回の騒動の首謀者につながる情報をゲットするだけの簡単なお仕事です。
その際は国の方には俺たちは善意のボランティアとして正体不明がベスト………なんだけど、ね。
それってどんな無理ゲー?
まぁ、爺ちゃんが上手くやってくれる、はず。
というわけで、ヘリ3台に分かれて、それぞれ生存者のいそうな場所へと直接乗り込む予定なんだけど………。
………爺ちゃん、個人でヘリ三台も動かせる伝手って何?
そもそも、こんな軍事部隊みたいな人達どこに隠してたの?個人でこんな人達所有してて大丈夫なの?
なんか、怖いんですけど。
「目的地上空に到着です。扉、開けます」
「じゃ、いっちょ派手に行きますか!」
開かれた扉から激しく吹き込んでくる風に逆らうようにそれぞれの荷物を背にした花梨たちが飛び降りていく。
「雪、行くぞ」
ぐっと天翔が、俺の肩を引き寄せ、身構える間もなく飛び降りた。
一瞬の浮遊感に喉元までせり上がった悲鳴を飲み込む。
推定3メートル。
片手に俺を抱えたまま、天翔は危なげなく着地した。そのまま、屋上を駆け抜け、建物の中に入り込んだ。
先に飛び降りた花梨たちが、入り口で待っていた。
幸い、屋上も屋内も今の所ゾンビの姿は無いみたいだ。
始まりの場所だけに1番ゾンビの数が多いと予想される駅ビルに来たのは、学生組とサポートの大人3人。
ちなみに大人3人のうち1人は俺と共に電波ジャックを試みるコンピューター班だ。
外から崩すより、中に入り込んだ方がやり易いだろうしって事で、渋る天翔を説得してどうにかここまで付いてきたんだ。
差し当たり、このビルのコンピューターだけでも取り返したら、天翔達のサポートも出来るってもんだろう。
なんで駅にこだわるかっていうと、中里さんの知人がここにいる可能性が高いから。
なんと、件の知人さんは、海外でバリバリ活躍中の現役傭兵だった。
どうも、実戦経験が薄い天翔達の心配をした爺ちゃんが、呼び寄せたらしい。
ので、たとえ中心地だとしても生き延びてる可能性は非常に高い、そう。
なんか、俺たち頑張らなくても大人組に任せとけばいいんじゃ無いかとちょっと思ったのは秘密だ。
どっちかと言えば、俺たちの問題に巻き込んだのに丸投げはいかんよね、うん。
「じゃ、予定通り取り敢えず事務室目指しますか」
それぞれに装備の確認をしてたメンバーが獲物を片手に立ち上がる。
俺も、相棒の入ったディバックをしっかりと背負い直す。
手には例の杖。
下手に武器を振り回すより移動に専念しろとのありがたいお言葉の元、武器っぽいものはコレだけだ。
まぁ、事務室屋上のすぐ下の階だし、こんだけ戦闘要員が居れば問題無いでしょ。
エレベーターは何かあった時の対処が遅れるということで階段移動だ。扉に耳をつけて非常階段内の様子をうかがっていた花梨と天翔が指で丸を作り手招いた。
花梨が先頭に立ちマシンガンで一掃。その後の取りこぼしを天翔達が叩く。
てか、花梨に後ろから撃たせたら確実に仲間までやらかすんで、このフォーメーションはしょうがない。
俺ともう1人の非戦闘員を囲むように配置された中で、俺にできるのは転ばずに駆け抜けること、だ。
最悪、背後にいる大人が抱えてくれるそうな。
ご迷惑、おかけします。
「カウント、5・4・3・2・1・GO!!!」
バンッと鉄製の扉が勢いよく開かれた。
状況の把握はあまり芳しくなかった。
なぜなら、調査に送り込んだ人員からの連絡も風間の町に入り込んだ途端に途絶えたからだ。
風間は、元々あった山あいの小さな集落が、最近起こったベッドタウンとしての再開発で大きくなった町だ。
隣町との動線は山あいを走る何本かの道路と列車。
どうも、その両方を何者かが制圧しているらしい。
更に周囲の主な回線をハッキングしているみたいで、電波の乱れも激しい。
つまり何が言いたいかというと、風間の町が世間から遮断された大きな檻の中な状況だってことだ。
逃げ場のないフィールドにゾンビを放ち、町の滅んでいく様子を観察しているんだろう。
「くそっ!胸くそワリィ!」
惇がしかめっ面で目の前のテーブルを拳で叩いた。鈍い音と共にテーブルの天板に亀裂が走ったけど、誰もそれを咎める人間は居なかった。
何度も言うがあの町は「ベッドタウン」なんだ。
つまり、この時間帯にあの町に居るのは働いていない女子供や老人が主だ。
それは、「戦う力が無い」と、ほぼ同意語だろう。
「………行こう。出来るのはオレ達だけ、だろ?」
場に満ちる暗い空気を吹き飛ばすように立ち上がったのは天翔だった。
「俺たちはその為に今まで用意してきたんだ。少し時期が早まったとしても場所が違ったとしても、やることに変わりは無いだろ?」
「………でも」
まっすぐな瞳でぐるりと見渡す天翔の瞳に答える声は暗い。
相手は小規模とはいえ町1つの電波を乱し、隔離するだけの力を持っている存在だ。
しかも、その正体は未だ見えていない。
海外の地下組織だというのは分かっているんだけど、巧妙にダミー会社が幾重にも用意されていて、うまく追い込めないんだ。
「………陸路は全て抑えられてると考えて間違いないんですか?」
「そうですね。
確認したわけではありませんが、少なくとも幹線道路と下通の道はダメでしょうね。向かわせたものが、帰ってきませんから」
中里さんの言葉に、俺はもう1つ質問を重ねた。
「………中に入ることは出来る?」
「入れていなかったら、私が探りに出した部下達は戻ってきているか、何らかの連絡が届いていると思います。それが無い以上、中に入る事は出来たけれど、電波妨害にあって連絡が取れないか、もしくは、連絡できない状況に陥ったかのどちらかでしょう」
冷静な声が欲しかった情報をくれる。
「追加としては、中に入って連絡が繋がらない場合は、狼煙を上げるようにしてますが、今の所、それもありません」
って、事は拘束されてるってことか。
「爺ちゃん、ミニバス、一台用意出来る?学生が部活の遠征行くのに使いそうなやつ」
「出来るが、行くのか?」
1人掛けの椅子にどっかり座って黙って様子を観察していた爺ちゃんが、首を傾げてみせた。
「確かに、対岸の火事だけど、知っちゃったのに放っておくのも夢見悪いし。中里さんの知り合いのことも気になるし」
ポツポツと理由を上げるが爺ちゃんのその顔はまだ納得して無いな?
しょうがないから本音を出すか。
「だって、風間が成功したら絶対こっちにもとばっちりは来るぜ?何しろ、封鎖してる道路を解放しちゃえばいいだけだし、更に言えば、あいつらに道路関係無いから山を突破されたらここまですぐだろ?」
「証拠隠滅のために全て焼き尽くすかもしれんじゃろ?」
「町1つを?それこそ無駄だろ?情報の制限だって出来てせいぜい後数時間だ。
俺だったらさっさと逃げて高みの見物。ついでに遠くからデーター収集に努めるね。
風間規模の町が滅びる時間とその後の周囲の町に至る時間、その後の展開。ほら、興味深いだろ?
ついでに国がどうゆう風に動くかも見るかな?どのくらいの被害で制圧されるか、とかさ」
うん。
言ってて自分でも性格の悪さに嫌んなるな。
でも、ゾンビを有効活用しようとしている人間からすれば、喉から手が出るくらい欲しいデーターだと思う。
「………正直、全部を救えるとも思わないよ。でも、俺たちがいくことで生存率はいくらか上がると思うんだ。少なくともここでじっとしているよりは救える命は増える。
青臭い、子供の理想だって笑ってもいいよ。
だけど、さっき天翔が言った通りだ。
俺たちは、この時のために今まで頑張ってきたんだ」
隣の天翔をみれば、力強い頷きが返ってくる。
花梨や更紗、惇も。
「やれやれ。子供のフォローをするのが大人の役目よな」
どこか呆れを含んだでも優しい顔で爺ちゃんは肩をすくめた。
「一緒に楽しんでいる方が大人な顔をされるのは止めてください。準備は出来ました。今から10分後には出ますよ」
爺ちゃんの斜め後ろで呆れ顔をしながら、中里さんがさらりと言った。
「準備って………?」
「どうせ陸路で潜り込んでも正体はバレるじゃろうし、時間の無駄じゃ。ヘリを手配してやったから、サッサと中央に乗り込んで暴れて来い。あぁ、忘れずに中里の従兄弟とやらも回収してこいよ?」
ニンマリとイタズラが成功したかのような爺ちゃんの顔に力が抜ける。
最初から反対どころか、背中押す気満々だったんじゃねぇか。
だけど、心配性なところも相変わらずで。
「分かっとるとは思うが、1人も欠けずに帰ってくるんじゃぞ?」
飛び立つ寸前にかけられた真剣な言葉に、俺たちは揃って力強く頷いてみせたんだ。
読んでくださり、ありがとうございました。
ゾンビ→スプラッタなお話を目指したいのに、なんでか人間の悪質さの方が浮き彫りにされていく話になっているのは………なぜでしょうか?
作者のないめんのせい?
うぅ、ゾンビが遠いです(泣