③
張り詰めた空気の中、タンっと矢が刺さる音が響いた。
見事に的の真ん中を射抜いた矢を見つめ、俺は知らず詰めていた息をほうっと吐いた。
視界の端で白袴の少女がゆっくりと弓を下ろすのが見えた。
「相変わらず、綺麗だなぁ」
思わず感嘆の声が漏れたのは無意識で、その声に更紗が少し擽ったそうに笑った。
始業式の日は本来部活は休みなのだが、久し振りに道場に行きたいという更紗にねだって一緒に入れてもらったのだ。
なんか、この張り詰めたような静かな空気が好きなんだよな〜。
天翔が道場で型の練習してるのも好きだし。
やっぱり日本人だから、本能でこういう空気に憧れるのかね?
ま、残念ながら俺にはどっちの才能もなかったんですけどね!
正座ができないので壁際に用意してもらった椅子に座って、黙々と矢を射る更紗を眺める。
頭の中が真っ白になる感じが気持ち良い。
ふと気づくと、いつの間にか更紗が制服に着替えて目の前に立っていた。
「あれ?俺、寝てた?」
「いつも通り目は開いてましたけどね」
くすくす笑いながら更紗が手を引いて立たせてくれる。
長い黒髪は高い位置で1つにまとめられたままで、凛々しい騎士様って感じだ。
さりげなく杖を持つのとは反対の腕を絡められて、大切にされてる感じが少しくすぐったい。
見た目は似てないけど、こういう所が少し天翔と似てるんだよな。
そのまま連れ立って2人で歩いていく。
今日はおっちゃんの所で会合なんだ。
前回の初戦闘のデーターを元に改良された武器のお試しとも言うけど。
前回は更紗は武器の関係もあって待機組だったんだよな。
どうしても室内戦だと更紗の弓じゃ不利だ。
ちょっと不満そうな顔してたあたり、冷静に見えてやっぱり更紗も戦闘狂なんだろうなぁ〜。
「お〜う、遅かったな。お前らで最後だぞ」
表向きは住宅街の一角にある町工場。
その地下は、秘密基地めいた魔改造された空間となっている。
地上より地下が広いとはコレいかに。
この空間を作るときが、爺ちゃんが1番イキイキしてたなぁ。
おっちゃんも色々注文つけてたし。
幾つになっても男は秘密基地に燃えるものなんだよな。
ちなみにここから爺ちゃん家まで地下通路が掘られてたりする。
掘削許可とか………うん、考えたら負けだ。
防弾ガラスの向こう側で、花梨がお得意のマシンガンをぶっ放していた。
ウワァ〜目が逝っちゃってるよ。
薄ら笑いがコワイよ。
防音処理もバッチリなため、どこかテレビの向こう側を見てる感覚だけど。
「お、おひさ〜」
こっち側に置かれた椅子やソファーでそれぞれ好きなことしてた面々が、入ってきた俺と更紗に気付いて挨拶してくるのに適当に返して、俺はいそいそとパソコンの前に陣取った。
画面の中には花梨の現在の身体状況のデーターや放たれた弾道の軌道や命中率などが表示されている。
「アドレナリンでまくり。もうちょい冷静さを手に入れないと、これ以上の命中率は上がんないだろうなぁ」
「まぁ、花梨の場合は物量で押す感じだし、これでも良いんじゃね?」
思わずポツリと呟くとすぐ耳元で声がした。
天翔より少し高めのかすれた声。
「近い、惇」
すぐ横にあった顔を押しのけながら振り返れば、短い髪を赤く染めツンツンに立てた少年が立っていた。
最後の実働隊メンバー、惇。
1つ年下でこいつだけ別の中学に通ってる。
理由は簡単、学力不足で落ちやがったのだ。
まぁ、漫画の中でも別の学校だったし、しょうがない。
一般では入れたんだけど、全額奨学金狙うには足りなかっただけだから、本当に馬鹿なわけじゃない。
まぁ、地元中学で楽しそうにやってるし良いんだろう。
「惇の調整は終わったん?」
「おう。最も、今回俺は待機組だったから微調整だけだったからあっという間だけどな〜」
そう言ってパシンと打ち合わせてみせる手にはゴツいグローブのようなものをはめている。
黒く染められた特殊な繊維で作られてるそれは鉄板が組み合わされていて、本気で殴りつければセメントブロックを砕くこともできる逸品だ。
肘近くまであり、筋力増強の効果があったりもする。
惇は幼い頃から実用空手を習っている。
寸止めなしのなんでもありなヤツらしい。
漫画では素手でゾンビを蹴散らして生き延びていた強者だ。
「なんか増えた?」
「ん?やっぱり斬撃あったほうが良いってことで、ホラ」
「うわっ!」
惇のつけてたグローブの手甲の部分から30センチくらいの刃が飛び出してきた。
「俺の拳のスピードで振ればいけるだろうって事で。物としては天翔の日本刀と同じらしい」
シュッと微かな音とともに刃が引っ込んだ。
「アホか!んな危険なもん至近距離で出すな」
そこで固まっていた俺は、ようやく自慢気に見せびらかす惇の頭を容赦なく殴った。
目の前5センチに刃先が飛び出してきたんだぞ!
心臓止まるかと思ったわ!
「んだよ、聞くから答えただけなのに〜」
頭を抱えてしゃがみ込みながら文句を言う惇の背中を容赦なく踏みつける。
「寝言は寝て言え」
「いてっ、イテェって!止めろよ!」
グリグリと容赦なく踏みにじれば流石に痛かったのか悲鳴をあげて逃げて行った。
あのボケは、最近調子に乗り過ぎだ。やっぱり天翔に再教育してもらおう。
心に決意を新たにしている所で、逃げた先で天翔に捕まっている惇が見えた。
花梨の隣のブースにそのまま引っ張り込まれているところを見ると実践テストが始まるようだ。
ナイス天翔。
天狗になってるお馬鹿の鼻をバキバキにへし折ってしまうが良い。
そのままやったら殺し合いだ。プロテクターをお互いに装備していくのをガラス越しに見ながら、パソコンをいじって2人のデーターを読み込んでいく。
プロテクターに色々電極が付いてた身体データーが取れるようになっているのだ。筋肉の動きや発汗の有無などなど。
最後にヘッドギアをつければ、脳波がみれる。
コレであいつらの動きは丸裸。
それを元に微調整していくんだ。
2人の刃は切れ味良すぎるので実践テスト中はバイブレーションはオフっておく。
コレで、プロテクターに守られて肉体が傷つくことはない。まぁ、切れないってだけで打撃は入るから痛いらしいんだけどな。
俺はやったことないんで知らん。
そもそも、俺の肉体スペックじゃ、殴り合いでも花梨に負ける。
天翔達相手じゃプロテクター越しでも1発で戦闘不能だろうな。
良いんだ、俺は頭脳派なんだ!
「オッケー、存分にやっちまえ、天翔」
マイク越しに声をかければ、プロテクターで真っ黒クロスケになった片方が手を挙げた。
ヘッドギアのアイマスク部分も下ろしてるから口元しか見えないけど、唇が良い具合に上がってる。
アレ?天翔くんなんかお怒り?
些か顔色が悪い惇がなんか言ってるけど、向こうのスピーカーオフにしてるんでキコエナ〜イ。
頑張れ、惇。
上手くいけば今日こそ1発くらい天翔に入れられるかもな。
「ヒデェよ、俺が雪に危険な事するわけないだろ〜」
実践テストという名のお仕置きが終了してヨレヨレになった惇がソファーに倒れこんだ。
「調整したばっかの武器なんてどんな事故があるかもわかんないんだよ。その気がなくて下手に殺しちゃったりしたら後悔しても仕切れないだろ?それは、人も殺せる道具だって自覚しろよ」
グッタリとしている汗だくの髪を乱暴にタオルで拭いてやりながら言い聞かせる。
感じるところがあったのか、しばらく黙ってされるがままになっていた惇は小さな声で「ごめん」と言ってきた。
少し震える声に、髪を拭く手を穏やかなものにする。
惇は7歳の頃、年上の苛めっ子を半殺しにしていた。
悪気があったわけじゃない。
そもそもが仲の良かった友達を苛めっ子から守ろうとして手を出してしまっただけだ。
ただ、問題は幼い頃から鍛えられていた惇の身体は、その頃には同じ年頃の子供ではあり得ないくらいの力を手に入れていたという事。
惇的には軽く小突いたつもりの正拳突きは幼い少年の体の中味までを傷つける程の力を持っていた。
たった1発。
苛めっ子のやり口が悪質であった事と障害が残るような怪我ではなかった事で、事件にはならず示談で済んだ。
しかし、噂は悪意を持ってばらまかれ、護ったはずの惇は悪者になり、周囲から孤立したのだ。
予想できないほどの力を持った子供を周囲が恐れるのは、分からないでもない。
だけど。
守ろうとした友達すらも怖がり逃げて行った事に幼かった惇はひどく傷ついた。
もう少し早く、俺たちが惇を見つける事が出来れば、惇がそんな目に会う事はなかった。
どうも、それが負い目になって強く出れない俺と、ようやく対等に付き合える同年代の相手を見つけた惇。
少し歪んだその関係は、だけど惇になくしてしまった笑顔を取り戻す事ができたのだから、悪い事では無いんだろうと思う。
まぁ、調子に乗りすぎたら怒るけどね。
強大な力を持ってるからこそ、しつけは大事。
虎の首に鎖をつけるのは周囲のためにも必然だと思うんだよ。
この場合鎖=天翔な。
流石、主人公。
人間凶器の惇よりも強かった。
その気になれば瞬殺できるくらい。
出会った最初の方でその事を知った時、安心したように泣いた惇の顔を、俺は多分一生忘れないと思う。
1人の時間を埋めるように修行に取り組んでいた惇は、その頃には師匠ですらも圧倒しそうなほどの力を手に入れていたからだ。
「分かれば良い。ほら、汗かいたんだからちゃんと水分も取れ」
ソファーにうつ伏せになったまま顔を上げない惇の手に、イオン飲料のペットボトルを握らせて俺はそっとその場を離れた。
「お疲れ」
こちらは大して疲れた様子も見せず、刀の手入れをしていた天翔に、ペットボトルを手渡せば微かに笑みを浮かべ礼と共に受け取られた。
しかし、あの運動量でたいして汗もかかないとか、どんどん人間離れしてくな〜、こいつ。
「惇は?」
「大丈夫」
それでも、ちゃんと仲間を思いやれる心があるんだから、こいつはちゃんと人間だ。
クスリと笑って隣に腰を下ろす。
「ま、若いって良いわな〜。青春、青春」
「オヤジ臭い」
しみじみいえば、呆れたような声が飛んできた。
「爺さんですもん」
「その数え方でいえば俺もアラフォーなんだけど」
ふざけて答えれば、非常に嫌そうな顔が向けられる。
「爺さんとオヤジのコンビかぁ〜。最強じゃん?」
笑いながらちゃかすと小突かれた。
暴力反対。
そんな、どこか平和な日常の中、悪意は静かに牙を研いでいた事を、俺たちは気づかなきゃいけなかったんだ。
読んでくださり、ありがとうございました。
ちなみに淳くんは、今はきゃんきゃん子犬ですが成長したら大型犬になります(笑)
漫画の中ではその身体能力を生かしてゾンビ相手に孤独に無双してました(トラウマの為人と交れなかった模様)
成長したら結構天翔とも対等に戦える様になってます。
能力も体型もダブルで負けてればそりゃ、フルボッコにされますよね。
更紗ちゃんは典型的な和風お姉様を想像していただければそれで当たりです。
接近戦に弱いのが本人の悩みどころです。
そして、オトンというよりオカン化が進む主人公……。
ドウシテコウナッタ(ーー;)