⑦
本日2話目。
救出に行くはずの従兄弟さん視点となっております。
「おいおい、なんだこりゃあ。テロじゃ無かったのか?」
天井に開けられた換気口の隙間から下を見下ろした俺は、そこから見えた光景にポカンと口を開けてしまった。
人が人に襲われている。
そこだけ見れば、別に不思議な光景じゃ無い。
最近まで俺がいた場所じゃよくある光景だった。
ただ、襲っている方が傷だらけでやたら血色が悪く、さらに襲った相手に噛り付いて喰っているとなれば、別問題だ。
哀れな犠牲者は複数の人間に組みつかれ苦痛の悲鳴をあげている。
振り回した手足はすぐにその勢いをなくし、やがて動かなくなった。
その体をある程度貪ったら満足したのか、そいつらは虚ろな目で体を起こし、新たな犠牲者を求めゆっくりと歩き去って行った。
体を血に染め、両手を前に浮きだすようにしてフラフラと歩くその姿はまるで………。
「ゾンビ?」
昔見たホラー映画の主人公。
だが、あれは絵空事の中のものじゃ無かったのか?
次なる哀れな犠牲者達があげる悲鳴を聞きながら、俺はゆっくりと後退を開始する。
今の所、俺の存在は誰にも気づかれていない。
気づかれたところで、空を飛ぶ術でも持っていない限りすぐさまここまで来ることは無いだろうが相手は未知の存在だ。
用心に越したことはないだろう。
手元にある武器は、ハンドガン一丁に大ぶりのサバイバルナイフ。
どちらも、元々は自分のものじゃない。
先程、ちょいと人から拝借したものだ。
じゃなきゃ、ナイフはともかくハンドガンなんてこの日本で手に入れるのは難しい。
まぁ、おかげで整備は甘いし弾丸の予備も少ないんだが、この際贅沢も言ってられないだろう。
最悪、今後も現地調達、だな。
元来た道をうつ伏せのまま後退しつつ、俺はこんな面倒に巻き込まれることになった元凶に悪態をついていた。
いくら恩があるからって頷くんじゃなかった。
昔から、あの歳上の従兄弟に関わるとろくな事にならないんだ。
駅のホームにゆっくりと電車が入っていく中、ガタンっと不自然な衝撃の後、電車が止まった。
「只今、接触事故が起こりました。確認を致しますので、皆様、落ち着いてお席でお待ちください」
焦りを無理やりに押さえつけた様なアナウンスの声に場がざわめく。
「チッ、めんどくさい事に巻き込まれちまったな」
思わず舌打ちすると、俺は携帯を取り出した。
このままじゃ、待ち合わせの時間に遅れちまう。時間にうるさいじじいに嫌味を言われる前に、面倒だが、メールの一本でも入れておくべきだろう。
手早くメールを送り、何気なく上げた視界にホームの様子が飛び込んできて違和感に首をかしげる。
ホームに立つ人間の表情はひどく落ち着いていた。
普通、目の前で事故が起こったら動揺したり、野次馬しようとしたり、するんじゃないのか?
そして、まだ残暑厳しいこの時期にみんなジャケットを羽織っているのも、違和感その2、だ。
微かに片方だけ下がった肩は、よく見慣れた姿だった。
おい、そのジャケットの下に何をぶら下げてるんだ?
コレでも、何度も死地を彷徨ってきた人間だ。
その俺の勘が告げていた。
きな臭い匂いがする、ってな。
3両編成の真ん中にいた俺は何気ない動きで連結部分に歩み寄ると扉に寄りかかるようにして、そっと先頭車両の方をのぞきみた。
運転席へと、誰かが乗り込んできて運転手に接触。そして………。
「おいおい、マジかよ」
先にいた運転手がカクンッと不自然に膝を折った。
角度的によく見えなかったが、口元は手で塞がれているようだった。
そのまま、支えられて床に座らされたのか、片方の姿は見えなくなった。
と、ガクンと電車が再び動き出した。
アナウンスが車両に不具合が出たため、このまま整備用のホームに移動する旨を告げている。
異常事態に他の乗客が少しざわめいているものの、大人しく座ったままなのは国民性だろうか?
与えられた情報を疑いもせず、指示に従順に従う。
さすが大地震が起こっても略奪行為がなかった国だ。
まぁ、その呑気さが今まさに仇になりそうな予感はヒシヒシとするけどな。
ゆっくりと電車が薄暗いホームへと移動していく。
下がっていく感じから、地下に降りたのかもしれない。
電車が停まり、運転席から男が出てくる。
柔和な笑顔を貼り付けているが、眼は笑ってねぇな。
ギラギラと光るあれは人殺しの目だ。
これから職員通路を伝って外に出る旨を伝えつつ男がこっちに歩いてくる。
俺は静かに連結部のすぐ横にある座席へと腰を下ろした。
3両目の方から人が来る気配は無いから単独なんだろう。
と、いうか、複数紛れ込んでいたら面倒な事になるため、出来れば1人だといいんだがなぁ〜。
たとえ複数でも遅れを取る気は無いが、周りには明らかに一般人がいる。
犠牲者が出るのはちょっと困る。
主に、後味の悪さ的なもので。
男が連結部の扉を開き、こちらの車両に移ってくる。
その時、嗅ぎ慣れた硝煙の香りに気づき、疑惑は確証へと変わった。
こんな事をしでかしてるとは思えないほどの無防備さで、男は呑気に歩いてくる。
俺の横を男が通り過ぎた瞬間、すかさず背後から男の首を締め上げ、片手を後ろへと捻りあげた。
とっさの攻撃に対処できなかった男が、次の動作に移る前にそのまま絞め落とす。
がくりと力が抜けた体を床に引き倒し、男から抜き取ったネクタイで後ろ手に縛り、次いでに片足も折り曲げ縛った手に靴紐で固定する。
その間約10秒。
止める間もなく起こった乱闘にあっけに取られていた同乗者の中から、30代のサラリーマンらしき男が気を取り直したように立ち上がった。
「おい、あんた!何してるんだ!」
お怒り、ごもっとも。
端から見たら俺は突然運転手に狼藉を働いた乱暴者だ。
だが、言い訳をするために顔を上げようとした俺の耳にガチャリと連結部の扉の開く音が飛び込んでくる。
上げた視界の先、サラリーマンの男の肩越しに銃を構える男がいた。
「チッ!隠れろ!」
舌打ちとともに乱暴にサラリーマンの男の腕を掴み座席の間へと放り投げる。その反動を使い自身も身体を横に投げ出せば、視界の端を銃弾がかすめていった。
すぐに体勢を立て直し、低い姿勢のまま男に向かってダッシュをかける。
相当な銃の名手でもない限り、動いている的に当てるのは難しい。
だからこそ戦場では自動小銃がもてはやされるのだ。いわゆる、下手な鉄砲もって奴だ。
幸い、相手は銃にさほど慣れてもいなければ、獲物も単発発射の物だった。
正直、1〜2発はくらう覚悟してたんだが。
「下手くそがっ!」
渾身の回し蹴りが男の胴体を抉り、体を二つに折ったところで容赦なく頭を踏みつける。
「素人がこんなモン、扱ってんじゃねぇよ」
シッカリと意識を刈り取った後、転げ落ちていた銃を拾いロックをかけた。
この騒ぎで追撃が来ないってことは、この電車の中に乗ってる仲間は2人だけだったんだろう。
電車の中に痛いくらいの静寂が広がり、気づけば注目の的、だった。
ウワァ、居心地悪りぃ。
「って、訳で、悪者はコッチだ。OK?」
最初に俺に声をかけてきたサラリーマンに向かいハンズアップして見せながら下手くそなウィンクを投げてみれば、ポカンとした顔のまま頷かれた。
「で、誰か紐持ってないか?ネクタイでもいいんだが?」
足元の男も拘束しようとしたが、こいつはジャケットの下はTシャツだった。
「あ、コレ」
恐る恐る近づいて来たサラリーマンが自分のネクタイを差し出す。
「どーも」
遠慮なく受け取り、最初の男同様拘束してから、他にも持っているものは無いかと身体を探る。
結果、ポケットに弾の入った替えのマガジン1つと伸縮性の警棒が入っていた為、ありがたく頂戴する。
もう1人の制服男のほうも似たようなモンで警棒がサバイバルナイフに変わっただけだった。
と、いうか、電車の運転士の腰にホルダー付きのサバイバルナイフってかなりシュールだな………。
「なぁ、こいつら何者なんだ?それにあんたは?」
不安半分興奮半分な表情で聞いてくるサラリーマンに肩をすくめて見せる。
「さぁ?テロリストかトレインジャックか。正体なんてしらねぇよ。ちなみに俺は自衛隊さんだ」
傭兵っていうより安心感があるだろうとそう言えば、車内にどこかホッとした空気が流れる。
まぁ、「元」がつくけど丸っ切り嘘じゃないし良いだろ。
前後の車両からも人が覗き込んでいる中、度胸だけは有りそうなサラリーマンの兄ちゃんに手伝ってもらい、最後尾の車両へと人を集める。
半端な時間だったのもあり、人数は20人ほど。
幼児連れの母親や年寄りが多かった。
この異常事態にこわばった表情ながらも、互いに慰め合うように寄り添っている。
訳が分からないながらも異様な雰囲気は伝わるのか小さな子供がぐずりだし、母親や周囲が必死に宥めていた。
「………これから、どうするんだ?」
すがるような視線を向けられたって、俺だって何が起こってるのかなんて把握しちゃいない。
だが、ここでそんなことを言ったってパニックを招くだけだ。
偽りでもすがる者があれば、人間少しは冷静になる。
「ちょっと待ってろ。周り確認してくる。車内から出るなよ?」
非常開閉ボタンで扉を開け、薄暗い外に出れば人気はなかった。
まぁ、仲間が居たなら今頃外から蜂の巣だ。
ザックリと辺りを見回すとホームの端に扉がある。
作業員の休憩所らしきそこは、やはり地下らしく窓はないが、詰めればなんとかみんな入るだろう。
危険がなさそうか確認した後、電車に戻る。
このまま電車の中に閉じこもるのも考えたが、窓の多い車両は以外と防御力が弱い。
何しろほぼ丸見えだ。
テロが起こってると仮定して、ここに連れ込まれたのはいざという時の人質要因だと考えるのが妥当だろう。
って事は、さっさとココから逃げ出したいところだが、足が弱そうな年寄りや幼児連れじゃぁ、迅速な行動は難しい。
とりあえず、立て篭り、俺が周囲の確認及び逃げ道を探るってのが今考えられる確実な手だろう。
(なんでこんなヒーローごっこやるはめに………)
バリバリと頭をかきむしり、ため息の1つも吐きたくなるが、見捨てられない以上、時間の無駄だ。
そうして、部屋に誘導し、現状の説明今後の方針を説明。
とにかく、扉の前にバリケードを作り何があっても開けるなと言い含めて、どうにか通り抜けれそうな通風孔を抜け、見つけたのが「あの光景」だった。
ジリジリとバックし少し広くなった場所に出て体勢を変える。幸い縦ラインには掃除の為かちゃんと梯子が付いていたから、地下の通風孔から一階の屋根裏まで行くのも簡単だったのだ。
(しっかし、こりゃぁ、単純なテロじゃねぇな。もしかして、中里の親父が言ってた「厄介な案件」に関係あんのか?)
その時、降りかけていた梯子の下から人の気配がするのに気づいた。
梯子の途中だ。身を隠す場所なんて無い。
身を硬くして耳を澄まし、その中に聞き覚えのある声に気づき、肩を落とした。
それは、部屋に立てこもるように言い含めていたはずの乗客達だった。
だけど、何か焦っているかの様子に、嫌な予感が広がる。素早く降りれば、見覚えのある男の顔があった。
「良かった、合流できて!さっき、奴らの仲間が来たんだ。外で扉を壊そうとしてて……」
そうなると思ったから立て篭もらせたんだが、説明不足だったか。
安全性のためかなんなのか扉は結構な厚みのある鉄製だったのに加えて、内側にロッカーや机でシッカリとしたバリケードを作って、そうそう簡単には開けれない様にしてたってのに………。
俺の苦労、意味なしかよ……。
「戻れ。今は外よりもあの部屋の方が安全だ」
一応、そう言ってみるが、非難の声が上がった。まぁ、外から相当ガンガンやられたんだろう。
そのストレスはわからないでも無いが、今は外の方が不味い………。
その時、ドンっと壁を叩く音が聞こえた。
ここは地下から一階につながる通風孔で、この壁の向こうはあの惨劇の広がっていた一階のどこか、だ。
潜めた声ならともかく、さっきの非難の声はかなりの勢いで響き渡っていた。
ココに人が居ると気づかれるくらいには………。
ドンドンと叩かれる音が徐々に増えていく。
そうそう簡単には壊れるものだとも思えないが、万が一ここに穴が開けば、通風孔の中にまで奴らが入ってくることになる。
と、なると、入り口をがっちり塞いだあの部屋は不味い。
壁を叩く音に何か不吉なものを感じたのか騒いでいた乗客達が静かになった。
「………みんな、来てるんだな?」
「………は、犯人達はそのままだけど」
一瞬、がっちりと拘束した2人の男の姿がよぎるが、すぐに切り捨てた。
あいにく敵に情けをかける余裕はこっちにだって無い。
「分かった。ついて来い!良いか?見つかりたくなきゃ絶対に音を立てるな」
ドンドンガリガリと喧しい壁の向こう側を想像するのも今はストップだ。
「生き延びたきゃ、逆らうな」
潜めた声は重々しい響きを持って通風孔のたて穴の中を落ちていく。
ったく!
中里のオヤジッ!
こんな面倒に巻き込みやがって、絶対にこのツケは払ってもらうからな!
読んでくださり、ありがとうございました。
救出に行くはずの従兄弟さんは、中里さんの予想よりも図太く逞しく、恐らく救出の手、いりません(笑)
禁断のおっさん主人公。30後半くらいの脱いだら凄いんです系。目つきは悪いけど意外に情には厚い。でも、先ずは自分の命と楽しみを優先するタイプ。
陸自に居たけど、物足りなくなって海外で傭兵業してた変わり者。
雪は中身のみですが、コッチはマジでおっさんです(笑)
書いてみたら予想以上に楽しかったのでしばらく続きます。
しばしおっさん無双にお付き合いくださいm(_ _)m