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カテキョ  作者: あんず
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1年目 5月 その3

大分時間がかかったけれど、ケーキをどうにかこうにか食べ終えた。


最後の一口を飲み込んだ後、あたしはフォークを置く。美味しかった、と言いながら山本透さんを見上げると、そろそろ出る? と訊ねられた。

頷くと、山本透さんは何も言わずに立ち上がった。動くさまを目で追うと、山本透さんはレジに向かっていった。この時間の自己嫌悪にはいまだに慣れない。


一度レジの前でワリカンか否かでもめにもめたことがある。その場では払うことができたけれど、店を出てから頼むから俺の顔つぶさないで、と真剣に言われてしまった。


「じゃあ行こうか」

「ありがとうございました」


男と出かけた時は払わせといて笑顔でありがとうって言っとけばいいんだよ、と教えてもらったけれど、本当にこれでいいのだろうか。あたしにはよくわからない。でも山本透さんは機嫌がよさそうだからいいのかなぁ。


緊張と照れで味がよくわからなかったあたしに対し、山本透さんはコーヒーの味が気に入ったようだった。また来ようなんて笑顔で言われるが素直に頷けない。とりあえず次は茜と来ようと決意した。


茜お勧めのカフェから出て、さてどうしようかと山本透さんが呟く。時計を見るとまだ5時手前だった。まだ早いし帰りたくないなぁ、とは思うけど。こう言うのってどれぐらい言っていいのかわからない。わからないからあたしはどちらに転んでも不満を出さないようにしようとだけは思う。山本透さんの手を患わせないように。


「山本君?」


甘い砂糖菓子みたいな女の人の声が聞こえたのはそんな時だった。声のしたほうを向くとそこにいたのは綺麗で大人びた女の人とかっこいい男の人の2人。山本君と呼んでいたし、明らかに知り合いである。山本透さんの顔には確実にめんどくさいと書いてあることだし。……この人はここまで表情を取りつくろうことができなくて、ちゃんと楽しい大学生活を送れているのだろうか。あたしが言えた義理はないが。


「……ああ、メールごめん」

「もーいいよ」


急に思い出したように山本透さんは謝った。拗ねたような怒ったような声だったけれど、女の人は言葉上はあっさりと許した。

そんなことより、と言ってそのまま勢いよく話し始めた女の人とそれを聞いている山本透さん。そして取り残されたあたしともう一人。女の人の連れの男の人。よりにもよって最悪の組み合わせすぎる。


「山本の彼女?」


この場から逃げたいと心底願っているあたしに対し、男の人は明らかにあたしに興味津々だ。休日に山本透さんと二人で歩いている明らかに年下の女の子。どういう関係なのか興味を引かれるのは確かにわかるけれど。


「え、ち、違います」

「じゃあ、遊び?」


どうしてその二択しかないのだ。それにあきれたこともあるし、そもそもあたしと山本透さんを一言で言い表すとただの家庭教師と生徒でしかなく。どうしてだか、それを言いたい気分にはなれなかったので、否定するにとどめた。


あまりよく知らない男と話していたくはないのだけれど。山本透さんの知り合いだから、普段のナンパ男みたいに無視したりあからさまに嫌がることもできない。なんたる苦行。


「どっちでもないです」

「山本ねー、ひどいからね。気をつけなよ」


ただでさえ男と話すのは苦手だし、この人も山本透さんほどとまでは言わないけどかっこいい。そして山本透さんよりもチャラい。あたしにとっては最も苦手な部類の人だ。おまけに、こういう話題も実は苦手だったりする。


「ひどい?」

でも、あたしはその会話を続けようとした。知りたいのだ。このあふれんばかりのエネルギーは一体どこから生まれてくるのだろう。あたしらしくもない。

やはり女遊びとかひどいんだろうなぁ。と現実を突きつけられる覚悟を決めたあたしの耳に予想外の言葉が届く。


「気に入らないやつに対してマジでキツイんだよね。男女問わず。で、女の理想超高いの。面食いだし。……まぁ、あんだけ顔良かったらわかんなくもねぇけどさ。嫌いなタイプの女の子に付きまとわれた時のあいつ、未だに酒の席でネタになってるかんね」

そういうひどさなのか。予想と違う答えに面食らうけれど、聞きたい話と路線は一緒だ。思い切って聞いてしまうことにする。


「……山本さんモテるんですか?」


透先生と呼ぶのもあたしの素性がばれてダメだし、山本透さんと呼ぶのも変だろう。一瞬迷った末、無難な呼び方に落ち着く。そもそもなんであたしは山本透さんのことを名前で呼んでいるのだろう。透君と呼ぶ母親の影響だろうか。


「あれ? 気になるの?」

「あの人、顔はいいじゃないですか」


それは限りない本音だった。でも口に出すのは恥ずかしい。照れを面に出さないように努めていたのもあり、必要以上に冷たい響きになってしまった気がする。そもそもあたしは好きな人はわりとけなしてしまう性質である。吐き捨てると、目の前の人はきょとんとした顔をした後爆笑し始めた。山本にそこまで言う女の子珍しいよ、しかもすげぇ嫌そうな顔! とのことらしい。ひときしり笑い終えた後、その人の中であたしの印象は変わったらしい。表情が少し親しみのあるものに変わった。


「お買い得だかんねーモテんねー」

「そんなひどい人なのに?」

「一端懐に入れたらとことん甘いのは見てればわかるし。それこそ顔だけはいいし社交的だから。ほんっとはいて捨てるほど寄ってくるよ。そのうち幻滅して去ってくのが半分ぐらい」

「へええー……」


あたしは頷くしかない。それ以降その人は山本透さんに関する情報を色々教えてくれた。主に酒の場での失敗ばっかだったけれど。やっぱり大学でも成績はいいらしい。


大学生の山本透さんの話は新鮮で、今日はいい話が聞けたなぁと、勇気を出してよかったなぁと思えたものの、向こうの会話も非常に気になる。なるべく表情に出さないようにしながらも、いつまでこの人と話していなければいけないのだろうと思い始めていた。

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