表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カテキョ  作者: あんず
3/28

1年目 5月 その1

自分で言うのもどうかと思うが、あたしはわりと人見知りだ。しかも、年上の男の人なんて未知の物体すぎてにまともにコミュニケーションなんてとれるわけもない。

何を言われてもびくつくだけ、まともに会話にならない。それでも、山本透さんはめげずに、というかマイペースに、あたしに話しかけてくれた。大学のことが主だったけれど、最近読んだ本の話とか、高校生活で面白かった話とか、話題は幅広かった。しかもちゃんと話にオチがあって面白い。大学生ってこんなみんなハイスペックなんだろうか。それとも山本透さんが特別なのだろうか。


そう、会話は昔から楽しかったのだ。ただあたしは男の人に慣れてなくておどおどしてしまうから、向こうにはあたしがそう感じているとは思えなかっただろうけど。

こんなのと話してても楽しくないだろうになぁ。あたしのご機嫌を損ねてはいけないもんなぁかわいそうに、と、当事者であるのに人ごとのように同情してしまったことをよく覚えている。


先週の夕食時の約束通り、いやそれ以上にあたしは宿題を終わらせていた。目を丸くしたのち美優負けず嫌いだもんねぇと山本透さんは含みのある笑い。焚きつけといてよく言うよと膨れると、頑張ったねぇと頭をなでられた。


「……子供扱いしないでください」


とあたしがその手を外そうとすると、ごめんと苦笑し自らその手を下した。

多分嫌がってると思われたなぁとチクリ胸が痛むが、あのまま頭を撫でられ続けていたらあたしの気持ちにはきっと気が付かれていただろう。あれだけ少しの時間だったのに、あたし今泣きそうだし。こういうスキンシップにあたしがどれだけ嬉しくなってるか、この人は気が付いているのだろうか。……なんて、言わなければ気が付かないことなんだけど。


「じゃあ、約束通り映画行こうか」

「……うん」


前売り券をもらったときにも思ったのだが、宿題終わったご褒美だと言うならあの時点で渡してしまってはいけない気がする。この人はそういうところ抜けてるよなぁと思う。


「いつがいい?」

「じゃあ、明日とか」

「いいよ」


山本透さんはあたしの目を見て即答した。言いだしたあたしが目を見張るほどの速さ。

あたしに山本透さんを試すような気持があったのは否定できなくて、もしかしたら声にその響きが感じ取れてしまったのかもしれない。


「……え」

あっけにとられるあたしに対し、山本透さんはてきぱきとあたしに指示した。


「明日の……映画何時からやってるかな。またあとで調べてメール送るわ」

「あ、はい」


その言葉通りメールが来て、次の日の午後に待ち合わせすることとなった。


山本透さんと遊ぶ時、いつも服に困る。あたしが好きなファッションは同級生からしてみると大人びているらしいけれど、大学生からしてみたらそれでもやはり子供っぽいんだろうなと思う。悩んで悩んで、山本透さんの隣にいてもおかしくない格好だと思われる格好になるまで、前日の夜1時間以上迷った。


待ち合わせの時間は1時だというのに、朝の6時に起きてしまった。もう1回寝ようとしたけれど心の中がざわめいて、到底無理だった。いつものことなのだからもう少し慣れればいいのに、と自分でも思う。


化粧も済ませ、昨日決めた服装に着替え、待ち合わせの15分前につくように家を出る。

待ち合わせの時間の5分ほど前に山本透さんは現われた。開口一番に、洋服可愛いねとさらりと褒められ、悩んだかいあったなぁと嬉しくなるが、山本透さんの女に対する経験値を見せつけられたようで軽くへこむ。


映画は予想通り面白かった。もともと原作の小説も面白かったけれど、その原作のテンポが悪かったり説明不足だった点をうまく補い、盛り上げるポイントも外してない上に、キャストもぴったり合っていた。


「面白かった!」

「それはよかった」


ありがとうございました、と気恥しさにぼそぼそと呟くがそれでも山本透さんはわかったようで、どういたしましてと微笑んだ。また誘うから、と言われてこれは現実なのだろうかと思うほど嬉しくなるが、すぐにあたしの頭に社交辞令という言葉が点滅する。

いつか来るかもしれない失望によるダメージを少しでも減らそうと、自分で自分の幸せを片っ端から潰しまわっているあたしは馬鹿なのだろう。


「特に行くあてもないけど、よさげなところあったら入ろうか」


そう言って山本透さんが歩いていこうとするのに慌ててついていく。足の長さがかなり違うから、普通なら追いつくので精いっぱいだろう。でも今はあたしに歩幅を合わせてくれているのか、ひどく歩きやすかった。


晴れた5月の夕方は。歩くには心地の良い時間である。穏やかな日差しと爽やかに吹く風を楽しみながら、あたしはゆっくりと話ができそうな場所をきょろきょろと探していた。


5分ほど歩いた時だった。ある建物に目がとまる。外装からしてお洒落なカフェだった。ちょっと入ってみたいなぁと、看板に書かれた店名を何気なく心の中で読んで気が付く。友達が絶賛していたカフェではないだろうか。ここなんかどうだろう、と思うが言いだせない。

けれど相手はあたしがそちらを見つめていることに気が付いたらしい。


「行きたいの?」


咄嗟に頷けないあたしを見て、山本透さんはじゃあ行こうと笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ