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カテキョ  作者: あんず
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1年目 4月 その2

多分どちらの親も知らないだろうけれど、あたしと山本透さんは前に一度会話をしたことがある。あたしにとっては忌まわしくてあまり思い出したくない記憶だけれど。


高校1年生になったばかり、1学期の中間テスト前。あたしは家では勉強できないしと図書館の2階にある自習室で勉強していた。

5時になって、帰ろうかなと参考書だの筆箱だの片付けて図書館から出た時のこと。

出口に見たこともない男の人が立っていた。ただでさえ男は苦手なのに、にやにやとしたその顔に生理的な嫌悪感を覚え、その顔をなるべく見ないように俯きながら歩く。嫌な予感が頭をかすめるが、気のせいだと振り払う。


「ねぇ」

聞き間違いだと思いながらあたしはその男を素通りし、階段を降りようとする。

「ねえってば」

あたしは無言で階段を下りた。なるべく急いで。そいつがしつこく付いてくるのがわかる。どうしてこうもまぁ嫌な予感というのはあたるのだろうか。


1階に降りる。1階には本棚がずらりと並んでいて、本を借りることができる。ぐるぐるとそこらを歩きまわるが、そいつはそれでもあたしの後を追ってきた。ちらほらと人もいるし、わざわざ司書さんのいるカウンターの前を何回も通っているのに、見て見ぬふりなのか全く気が付いていないのか、誰も助けてくれそうな気配はない。世間って冷たい。

ここまで無視されれば普通は諦めるでしょ!? と心の中で呟くが、そもそも普通のナンパ男ならばこんなに執拗に追いかけてこないだろう。


いつ終わるかわからない鬼ごっこにパニックになり、あたしは行くあてもなく図書館を飛び出てしまう。そいつはまだ付いてきた。


嫌だ! 怖い! どうすんの!?


半泣きになったあたしを救ったのは、よく通る甘くて低い声だった。


「……お前何してんの」


そのセリフに思わず足を止めて振り返る。後姿しか見えなかったけれど、ずいぶんと背の高い人だなぁというのが感想。あたしと追いかけてきた男の間に立ってくれているこの人は、もしかしなくても助けてくれているのだろうか。


「嫌がってんじゃん。ストーカー?」


この人の声は、ぞっとするような冷たさをはらんでいなければさぞかし聞いていて心地のいいんだろうなと思う。安心感に包まれてそんなのんきなことを考えていたあたしに対し、今まであたしの後を付いて来ていた男は顔をひきつらせてどこかへ去っていった。

あたしを助けてくれた人は、一つため息をついてこちらを振り返った。お礼を言わなければ、とその人の顔を緊張しながらも見た途端。一瞬息が止まってしまった。


なんだこの人。あたしの人生経験は少ないけれど、それでもこんなにかっこいい人見たことがない。


思わずまじまじと見つめてしまうが、あたしの不躾な視線も特に気にとめている様子はない。人の視線なんて慣れているのだろう。いかにも興味のなさそうな顔であたしの顔をちらりと見た後、なぜか驚いたような顔になった。

もしかして、と先ほどまでとはがらりと違う穏やかな声で言う。


「本田さんだっけ。俺山本透って言うんだけど」

「……そうですけど」


山本透? って、あの山本透? 思わず目を見開いてしまう。

山本透という存在はそれなりには知っていた。親同士がわりと仲がいいらしく、たまに親の話に出てくることがあったから。そう言われれば、かっこいいのよ! と散々親が力説していたような気もするが、あたしはあまり興味がわかず流し気味に話を聞いていた。

それにしてもなんでこの人はあたしの顔を知っているのだろうか。


「親同士が知り合いなんだよ。聞いたことない? 御近所の山本家の話。俺、君の写真見たことあんだけど」

ああ、やっぱりあの山本透なのか。ご近所の有名人。山本医院の一人息子。


「……なんで」

あたしのなんで? はなんで写真見たことがあるんだ、のなんで? であったのだが、山本透さんは違った意味でとったらしい。


「その様子だと知らないっぽいね」


その端整な顔立ちに淡い苦笑が浮かぶ。誤解を解くか否か一瞬迷ったが、真実を告げて親近感を持たれて会話をつづけられても非常に困る。再び会うこともないだろう、と勘違いをそのままにしておくことに決め、目線を山本透さんからずらす。そのままその場を去ろうと、ありがとうございましたと言いおうとしたあたしは山本透さんの声にさえぎられた。


「送ってくよ」


この図書館に一番近い公共交通機関は、歩いて10分もないくらいのところにあるバス停である。あたしが通学に使っているバスの路線上にこの図書館はあるので、よくこの図書館を利用していたのだけれど。これからどうしよう。

助けてくれたことには非常に感謝しているけれども、あたしからしてみればさっきの男も山本透さんも男であることに変わりはなく。

あたしの心の声が多分山本透さんの耳には届いてしまったらしい。苦笑気味に言われる。


「まぁ俺も怖いのはわかるけど……さっきのヤツがそこらへんいたら怖いでしょ」


最もすぎる理屈だ。そう思うと歩いて10分もしないぐらいのバス停までの道のりがとても長いものに思える。直接話しかけてこなくても、同じバスに乗られて住所まで知られたらと思うとぞっとする。

でも、そこまで迷惑をかけていいのだろうか。そう思いながら見上げると、まぁヒマだしとあっさり返される。……しかし、あたしはそんなに感情が顔に出やすいのだろうか。


結局、ここで押し問答していてもしょうがないと押し切られ、バス停まで歩きだす。何も話しかけないし、話しかけてもポツリポツリとしか返さないあたしに呆れた顔することもなく、山本透さんはバス停まで送っていってくれた。じゃーね、とバスが発車するまで見守ってくれた山本透さんはもう会うこともないだろうなぁと思っていたのに。


家庭教師の先生よ、と親に引き合わされた時のあたしの驚きは並大抵のものではなかった。


こんなことがあったから、男の先生は嫌だなと思っていたけれどまぁこの人ならいいかなぁ、と思ったのだ。ただ単に山本透さんの顔によろめいたというのもあるんだろうけど。もしかしたらあたしは自分が思っているよりも顔のいい人に弱いのかもしれない。いわゆる面食い。

でもこの直感はきっと間違っていなかったのだと思う。


山本透さんが帰り、あたしは親にチケットが見つからないよう隠しながら部屋に戻る。

部屋のドアを閉め、もたれかかりもう一回チケットをまじまじと眺めた。

……嬉しい。緩む頬は抑えても元に戻りそうになかった。

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