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カテキョ  作者: あんず
11/28

1年目 8月 その1

ピピピ、と騒音を奏でる目覚まし時計。とっさに手を伸ばしその音を止める。再びあたしの部屋に静寂が訪れるものの、あたしの意識はすっかり覚醒してしまっていた。一端起きてしまうと二度寝ができない体質なのである。


意味もなく早起きしてしまった自分が大損をしてしまったような気分になって、目覚まし時計に殺意がわいた。設定したのは自分なんですけどね。

寝付けないのはわかっていながら、それでもあたしは目を閉じた。


思い出すのは、1学期最後の日の学校でのことだ。


期末テストも無事終わり、結果も返ってきた。点数と平均点との差をざっと確認して、出された順位を見る。そこに書かれていた数字にほっとした。これであの人に嫌味言われずにすみそうである。


「さすがですねェ、美優さん」


いきなりかけられた声に、びくりと大きく反応してしまった。茜があたしの背後からあたしの成績表を覗き込んでいたらしい。そのことを非難するように見つめると、にっこりと愛らしい笑顔を返されてしまった。全部計算ずくだなんてことわかっているけれど、毒気を抜かれてしまうほどその笑顔の威力は絶大である。


茜のも見せて、と言うと、一瞬小首を傾げた後茜はひらひらと自分の成績表を振った後、あたしに手渡した。そこに書かれていた数字に脱力してしまう。


「今まで、3位以内から落ちたことないくせによく言う……」

総合順位2位とか。あたし7位とかなんですが。思わず口からこぼれ出てしまったあたしのぼやきに茜は

ピースサインなんてしてみせる。


ふわふわの色素の薄い髪にこぼれおちそうなほど大きな目。小作りな鼻と形のよい薄い唇。健康的に焼けた肌に健やかに細く長い手足。遊ぶことが大好きだけれど日々の努力も怠らない彼女は抜群の運動神経と全国屈指の成績と広い交友関係を持ち合わせる。

あたしの周りの人々は、本当に素晴らしい方ばかりである。


「でも美優の伸びっぷりは半端ないと思うよ」

真面目な話ね、と一瞬だけ本当にまじめな顔をした後、すぐににやにやとした笑みをそのとんでもなくかわいらしい顔に張り付けた。


「愛の力ってすごい」

「冗談」


精いっぱい冷たく吐き捨てたものの、ここまで声に照れが含まれていたら全然効果がないに違いない。案の定、茜のにやけた笑いは揺るがない。


「ねぇ、夏休みどっか行くの?」

「え、いや……」


あたしの恋路にいかにも興味津々な茜はとてもかわいらしい。かわいらしいけれど。

貴方は何も知らないもんね、と当たりたくもなってしまう。もちろん実際にはしないけど。


つい先日のことである。いつものように家庭教師の時間を終えたあたしは解放感に満ち満ちていて、伸びなんてしていた。そんなあたしとは対照的に「来月のことなんだけど」と切り出した山本透さんの顔はとても気まずそうだったのである。嫌な予感がしながらも「なんですか」と訊ねてみる。


「来月、部活の関係で2週間ぐらい来れないんだけど……」


山本透さんが大学でゴルフ部に入っていることは知っていた。たまに話を聞くからだ。ゴルフのことは詳しくないので何を言っているのかよくわからないけれど、語っている山本透さんは楽しそうなのでなんとなくあたしも楽しい気分になっていた。


「2週間?」

2週間も大会があるのだろうか? と首をかしげると、山本透さんは詳しく教えてくれた。


なんでも、夏休みに大きな大会があるため1週間ほど北のほうに行くらしい。あとなんだか旅行に行くとかでそのあとの1週間も東京にいないらしい。

山本透さんも1人の人間なのだから、あたしと予定が合わないことがあるのは当然だ。むしろここまで申し訳なさそうな顔をしている山本透さんがいい人なんだろう。そんなことがわからないほど子供なわけではない。


でも寂しいと思う感情が抑えられるほど大人なわけでもなかったのだ。

言葉には出さなかったけれど、あたしは相当悲惨な顔をしていたらしい。絶対埋め合わせするから、とか言われてしまった。別にいいですよ、と笑顔で流してみたかったのに、そんな大人な対応はあたしには荷が重すぎたらしい。


結局、来れる週に3回来て貰うことで落ち着いたけれど、2週間丸々会わないことには変わりないわけで。相当ナーバスになっていたところに茜の無邪気な質問があたしに追い打ちをかけた。

あたしの顔がよっぽど暗かったのか、茜の顔にも焦りが浮かんでいる。

どうしたの? と訊ねられて、事情を全部話した。みるみるうちに茜の顔から焦りが抜け、代わりに呆れのようなものが浮かんできた。


「美優って、幸せだよね……」


このタイミングでそんなことを言う茜に不満を感じ、頬を膨らませる。自分では気が付かないものなのかもしれないね、と茜は苦笑してみせた。


「たかが2週間。こっちにいる時にどっか連れてってもらえばいいじゃん」

「それはわかってるけど」


好きだと自覚してからここまで長く会わなかったことがないのだ。さらに文句を言おうとしたあたしを茜の冷静な視線が押しとどめた。


「今はまだいいけどさぁ、付き合いだしてそういうこと言ってたら重いと思うよー」


茜の言葉には嫌に説得力があった。山本透さんただでさえしつこい女嫌いそうだし。

……山本透さんには嫌われたくない。あたしは我慢する覚悟を決めたのだった。


確かに少し我慢すれば会えるんだけど。会えない時間というのは確実に存在するわけで。というかむしろ今現在進行中、真っ盛りもいいところなわけで。どうにかこうにか1週間過ごしたもののあと1週間も顔を見ない期間は続くわけで。


あの人がいないだけで、こんなに世界が色あせて見えるものなのだろうか。時計の進みが異常に遅い気がする。今まで心動かされていたはずのこともつまらなく思える。日常ってこんな退屈なものだっけ。


「出会って2回目の夏休みか……」


去年の夏休みも多分同じような感じだったであろうに、いまいち覚えていない。これは、あたしの山本透さんに対する感情が、今みたいなものではなかったからなのだろうか。恋する乙女とは現金なものだ。


そういえば、去年の夏休みとかなにかしたっけ? と思いかえしてみる。しばらくしないうちに記憶がよみがえってきた。それも、あまりいいとは言えない類の思い出が。


思わずため息をついてしまった。

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