バルザックな生き方
≪読む前に注意≫
この物語はフィクションです。
実際に存在する団体名、役職名などは一切関係ありません。
描写に関してあえて端折ってる部分がありますが
そこは想像で保管してください。
西洋を良く知る小説家なら誰しも知っていよう
フランスの天才小説家、『オノレ・ド・バルザック』のことを。
人間心理を巧みに描く彼の小説の数々は、人生をつまらなく生きる
私の心に深く突き刺さる。
私は彼の生き方に憧れ、傾倒し、崇拝に近い感情を抱いた。
彼の現世での行いは酷く破滅的だが、実に人間的でもあった。
自ら夜をなして小説を書きながら、熱いコーヒーをがぶ飲みし
自分の小説に推敲を重ねる彼は、朝がくればそのまま疲れた体で
上流貴族達の社交界に出かけ、美味い食事としたたる美酒を片手に
貴族の女達とダンスを踊る。
母親的な愛を求めたベルニー夫人、ダブランテス公爵夫人
年上のカストリ侯爵夫人、大富豪のハンスカ夫人、
ギトボニ=ヴィスコンチ伯爵夫人…などなど
彼の生き方には生涯を通して通俗的な愛を超えた
見識を広めるための異常なほどの欲があった。
「あらゆる人智の内で、結婚に関する研究が最も遅れている」
そういう言動からも彼の快楽破滅主義的な生き方が見受けられる。
私はふと、傾倒するバルザックのような生き方を目指してみようと思った。
彼の人生を見ていると、私も似たような境遇なのだ。
彼の母はいわゆる神経質でヒステリックな神秘主義者という奴であり
非情に彼のことを嫌っていた。彼は幼少時代からあまり母親に愛されず
遠い寄宿学校に入れられては六年間の孤独な少年時代を送った。
なんと、その六年間に母親がバルザックに面会したのは、わずか二回だけだった。
母親からの愛の欠乏と、その後の彼の人生における女性遍歴の多さは、
当時の彼と今の私を同期させるに有り余る証拠であった。
私は大食漢なところも彼に似ている。
女に意地汚いという部分も兼ねると、他人とは思えなかった。
私はとりあえず、自分の妻と離縁した。
今から始まるバルザックな生き方に、妻を巻き込むわけにはいかない。
だが私は後から気づいた。
バルザックはそういう家族に迷惑をかけながら生きてきたということを。
最初の躓きであった。
とりあえず私は振り返ることをやめた。
すこし思い込んで、バルザックの生き方を真似するように
知人、友人、親戚…色んな人物に連絡をとり
次の日に会って遊ぶ約束を取り付けると、私は小説を書き始めた。
だが私は何を書いていいかわからなかった。
文字を書いて人物の心理を右往左往させる、そういう小説が苦手だったのだ。
二度目の躓きであった。
とにかく文字を書こう!何でもいい、恋愛、笑い、喜劇、悲劇。
私は稚拙な物語と端的な喜怒哀楽で喋る主人公達を
何度も紙を破り捨てては書き直すを繰り返し、ついには
一枚も書くこともできずに夜が明けてしまった。
私は香りの香る熱いコーヒーを口に含みながら
新聞を読んで気を紛らわそうと思った。
しかしどれもこれも捏造や汚職、はたまた誰かが幸せになったり
不幸せになったり、どれも体面的な文字の平衡感覚を失って面白くない。
こういう時、やはりバルザックの言葉が頭に浮かぶ。
「もしジャーナリズムが存在しないなら、間違ってもこれを発明してはならない」
私は新聞を読むのをやめた。
三度目の躓きであった。
そして夜が明けると、仲の良い友人達、親族達が家へと押しかけてくる。
私は疲れていたが、彼らは良く眠って血色も良く
バリバリと用意していた食事をたらふく食べていく。
それなら私も負けないぞと食事に手を伸ばすが、喉を通らない。
それほどに私は疲労しているのだ。
ああ、こんなにうるさい奴等ばかりあつめて私は何をやっているんだ。
子どもがジュースをこぼした!?私の知ったことか!
隣のおじさんが娘をいやらしい目で見た!?お前ら結婚しろ!
兄弟で建設会社を営んで利権を争っている?どっちも利権を放棄しろ!
どいつもこいつも私に文句ばかり!黙れ!黙れ!
私は怒った!
もう帰れ!帰れ!
私は眠いんだ!私は寝るぞ!
友人や親族達は皆眉をひそめて、私の弟でさえ
「兄貴がそういう奴だとは思わなかったよ!」なんて捨て台詞吐いて
嫌そうな顔をして家を出て行く。
私はバルザックな生き方をしていく間に
彼等の信頼を失ったことに後で気がついた。
四度目の躓きであった。
静まった夜、私は起きると肌寒さを感じていた。
いつの間にか窓が開いていたのだ。
一体誰が…?と思ったが、おそらくさっきまできていた
親戚の連中だろうと私はまたたてなくてもいい腹をたてながら理解した。
キィー…
窓をしめると、私は肌寒さのあまり、近くにあった暖房をつけた。
徐々に暖かくなる室内だったが、今の私の心は寒かった。
バルザックのように生きる。とかこつけては見たものの
結果はどうだ!妻を失い、時間を失い、友人を失い、親族から信頼を失い!
まるではた迷惑な破滅主義!そう!運のないバルザックのようだ!
私は自分自身の愚かさに再び不貞寝をしようと思った。
だが、眠気はすっかり冴えており、暖房の暖かさも関係ないほど
夜の暗闇と供に私は一人、孤独の時間を味わった。
こういう時を体験していると、またバルザックの言葉が思い浮かぶ。
「孤独はいいものだという事を我々は認めざるを得ない」
後半があったように思えるが、度忘れして思い出せない。
私はバルザックに今、沸々と燃え上がる復讐心が沸いていた。
孤独はいいもの?そんなことはない!現実の孤独はひどく残忍で冷酷だ!
明日からまた始まる人生は、バルザックのせいでまるで地獄そのもの!
妻はいない!小説は書けない!友達はいない!信頼はない!
もう私は孤独の渦の中で寂しく生きるしかないのか
私は後の私を想像して悲観に暮れた。
しかしその時、電灯がついた。
眩しい光と供に、良く知ってる顔がドアを開けて入ってきた。
「よう。しけた面してどうしたい。元気してるかい?」
友達の居ないので有名な友達。
そこに居たのは親友だった。
「へへっ、お前に招待はされたけど、皆と一緒じゃちょっとな。俺は孤独が好きなんだ、お前はいいな仲間も信頼もあって」
「私は孤独を愛したバルザックのようになりたかったがため、今さっきその両方失った。私は今、世界中誰よりも孤独さ」
「そうかい?バルザックっていう奴は知らないけど、俺はそいつに憧れるな。しかしお前が孤独なんて珍しい。さあさあ、飲もうじゃないか。寝てたら面白くないぜ」
「お、おい…」
私はその孤独の者につれられて
二人だけのダイニングで小さなパーティをした。
その時、私はバルザックの言葉の続きを思い出した。
「孤独はいいものだという事を我々は認めざるを得ない。けれどもまた孤独はいいものだと話し合う事のできる相手を持つことはひとつの喜びである…」
私は躓いたが、ひとつの喜びを知った。
========あとがき==========
感情表現が酷く稚拙です。申し訳ないです。
ちなみにバルザックという人物は本当にいる人です。
この人の言葉は凄く共感できますが、彼のような
壮絶な生き方はできませんね(笑)




