うまくいかない
「おっす」
「おっすじゃないでしょうよ」
「合ってるよ、おっすで」
「そこじゃなくてさ」
「何か問題でも?」
「ご自覚はないと?」
「お聞かせ願いたいね」
「今日私がこの公園にいる理由は?」
「俺が呼び出したから」
「そうだね。そのまま真っ直ぐ家に帰って、さっさと宿題片付けて、ばりぼりお菓子でもかじりながら昨日録ったドラマでももう一度見ようかしらと思っていたスケジュールを変更して、君の呼び出しに応じてここに来てるわけよね」
「お前の日常は知らねえけどな」
「これを機に知って。で、今何時?」
「お前の腕に巻かれた時の番人に聞けよ」
「何時!?」
「夕方5時」
「5時かー。5時だよねー。そうだよねー。ちょっとお日さんも傾きだしてるよねー」
「ああ、小学生はぼちぼちお家に帰らないとな」
「30分も遅刻してんでしょうが! 君の指定した時間から!」
「え?」
「え? じゃないわよ! 遅刻だよ、遅刻! 遅刻!」
「え?」
「ごめんなさいが出てこないね! 遅刻してんだからまずごめんなさいでしょうよ!」
「合ってるよ」
「何が!?」
「時間」
「え!?」
「16時半。合ってるよ。ほら」
「あれ?」
「ちょっと見してみ」
「……」
「ずれてんじゃん、時間」
「君のが、じゃなくて?」
「俺のは合ってる」
「……あれ?」
「――」
「――」
「とりあえず、あれだな」
「ごめんなさい」
「出て来たな、自分の口から」
「えー何でよー」
「こっちが聞きてえよ。今どき時間見間違えるか?」
「あ」
「何?」
「30分時計の針進めたら、なんか得した気分になると思って変更したんだった」
「早速損したな」
「うん、戻す」
「全く。そんな事したって得も損も一緒だって。時間なんて身勝手なんだからさ」
「そうかな」
「そうだよ。針の動き変えた所で何も変わんねえって」
「よし、戻った。うん、ごめん。私の勘違いでした」
「いつもの事だけどな」
「それは心外だけど」
「気付かない幸せってあるよな」
「なんかすごいムカつくんだけど、その処理の仕方」
「いやまあ、俺の方こそごめん」
「急に何よ」
「菓子ぼりぼり食って、ごろごろしながらドラマ見ていい感じに体脂肪増えるような堕落生活の邪魔して、こんな時間に呼び出しちゃってよ」
「もっかい謝れこの野郎」
「久々だな、この公園」
「腹立つ程安定してるねペースが」
「昔はよく遊んだよな」
「小っちゃい頃はね」
「でも今遊具ほとんどなくなってんだよな」
「あれも危ないこれも危ないって、気付いたら残ったのはこのブランコだけ」
「ブランコは危なくねえのか?」
「そのうちこれもなくなるかもね」
「勝手だよな」
「勝手ね」
「ところで、俺お前の事好きなんだけど、どう思う?」
「……ん?」
「俺お前の事好きなんだけど、どう思う?」
「いや……え?」
「困るかやっぱ。そういうの」
「いや困るっていうか、何と言うか……」
「困ってんじゃん」
「いやーんー……はい、困ってます」
「悪かったよ」
「悪くはないよ!」
「でかい声出すなよ」
「ごめん。でも急すぎるからさ!」
「告白に急も緩いもないだろ」
「今そういう切り返しはいいって」
「で、どう思う?」
「どう思う?」
「俺が、お前を好きって事」
「うわー……ちゃんと目見て言わないでよ」
「真面目に聞いてんだよ、俺は」
「何もう何。今日の君何なの」
「いつも通りだろ」
「いつも通りのテンションで告白しないでよ」
「演技とかそういうの下手だからさ」
「いやそういう俳優の資質的な事を言ってるんじゃないんだけど」
「何だよ」
「何で一切照れとか緊張とかがないのよ!」
「ただ好きだって気持ちを伝える事に、照れとか緊張がいるのか?」
「やだちょっとカッコイイからやめて」
「やめはしねえよ」
「あーもう、ほんと何なのさ……」
「で、そろそろ質問に答えてくんねえか?」
「え?」
「いや、もう言わねえぞさすがに」
「ああ、うん。どう思うかってやつだよね」
「ああ」
「そうだね……うーんと……」
「うん」
「んー……」
「うん」
「ちょっと待って」
「ん?」
「どう思うって何?」
「そのままの意味だが」
「君があたしの事を好きだって思う事についてどう思うかって事?」
「そう言ってるじゃん」
「私が君の事をどう思ってるかって事じゃなくてだよね?」
「そうだよ」
「――」
「ん?」
「私に聞くなよ!」
「でかい声出すなよ」
「出すわよ! 出し切るわよ! 何だそれ!?」
「腹から出てるなー声が」
「どこに感心してんのよ! 違うわよ! 矛先の全てがおかしいよ!」
「おかしくねえよ」
「おかしいわよ! そんなの直接私に聞いちゃ駄目でしょ!」
「駄目なのか?」
「駄目でしょ! 普通そういうのは私じゃなくて友達とかにまずこっそり聞く事なんじゃないの? その上で、告白するもんじゃないの?」
「そういう正規ルートは知らねえけどよ」
「知っとけ! もうホントずれてんだからいっつも。どうってそんな事急に言われても困るよ」
「やっぱ困るか。ごめん」
「困ってるという部分だけにはすぐ謝るね君は」
「お前を困らせたくねえんだよ」
「ちょくちょく軽くキュンとさせないでよ」
「いやだってさ」
「何?」
「分かんないじゃん」
「何がよ」
「お前の気持ち」
「え?」
「俺の友達とか、お前の友達とかに聞いても、俺がお前を好きだって思ってる事に対してのお前の気持ちは、お前じゃなきゃわかんねえだろ?」
「急に何をまともな事を」
「だから、お前に直接聞こうって思ったんだよ」
「そうですか……」
「そうなんです」
「んーっと」
「うん」
「あ、待って」
「ん?」
「その前に、君はどう思うの?」
「俺?」
「君」
「俺か。そうだな」
「うん」
「悪くはないと思う」
「なんだそら」
「俺ら、結構仲は良いじゃん」
「まあ、うん」
「喋ってて楽しいじゃん」
「素直に認めるのちょっと恥ずかしいけど、楽しい」
「なんか、お互いのズレを持ちつ持たれつ的な感じとか」
「あ、駄目。やっぱ恥ずかしい」
「居心地いいじゃん」
「ちょっと一回止めて」
「止めない」
「ちょっ」
「これは好きと言ってもいいんじゃないか。この居心地の良さは他にいないんじゃないかって」
「嬉しいけど恥ずかしすぎる……」
「でもな」
「でも?」
「付き合ったとしてさ、それで今のバランスが狂っちまったらってのも思ったんだ」
「バランス?」
「友達って距離だから、居心地いいのかもって」
「ああ……」
「距離が近づいたら、変わっちまうのかなって」
「……」
「それで一年ぐらい悩んでたんだけど」
「一年!?」
「やっぱ聞きてえなと思って。我慢出来なくなっちまって」
「一年間そんな素振りにも気配にも気付けなかった私の鈍さよ」
「もともと鈍いだんから、自分を責める必要はねえよ」
「慰めという名の刃になってるわよ」
「自分の気持ちは悪いもんではないと思う。でも良いもんなのかって言われたら、正直分かんねえんだよ」
「そっか……」
「はい、次はお前の番」
「うん」
「どう思う?」
「悪くないと思うよ」
「良くはない?」
「分かんない」
「そうか、お前にも分かんねえか」
「だって、想像出来ないもん。それでどうなるか」
「だよな」
「何も変わらないかかもしれないし、変わっちゃうのかもしれないし」
「うん」
「でも、悪い事じゃない」
「それは言い切れるのか」
「だって、私だって居心地いいもん」
「だよな」
「照れてよ少しは」
「照れねえよ」
「私も、君と喋ってると楽しい」
「だよな」
「照れないよね」
「照れねえよ」
「ちぐはぐだけど、互いにその穴を埋めてる感じもする」
「好きなのか、お前も俺の事?」
「そこは私に言わせてよ!」
「やっちまった」
「やっちまったわよ盛大に!」
「そこまでか?」
「そこまでよ! あーもう、君って人は……」
「でも楽しいだろ?」
「……楽しい」
「いい事だよ」
「何様なのさ君は」
「で、結局これはどうなるんだろうな」
「どうもならないよ」
「ならないのか」
「多分付き合っても、君と私は何も変わらない」
「そんな気はする」
「だったら付き合おうよ」
「え?」
「変わらないなら、付き合おうよ」
「いいのか?」
「こんなにズレてて楽しい相手、お互いそうそういないんじゃない?」
「だよな」
「うまくいかない時は、いつも通りにどっちかがそのズレを直せばいいよ」
「そうだな。そうしよう」
「決まりね」
「決まりだな」
「っていうか」
「ん?」
「何で最終的に私ががっつり告白してんのよ! 君の告白でしょ!?」
「俺だってしたじゃん」
「どう思う? なんてふわっふわのやつじゃん!」
「告白は告白だろ」
「考え直したらあれを告白というジャンルに入れていいのかどうかとてつもなく怪しいわよ」
「入れていいよ。ところで」
「何よ」
「俺ら、もう付き合ってんだよな?」
「え? あ、そうか。そうだね」
「一緒だな」
「一緒だね」
「お前の事、好きになって良かったよ」
「キュンとさせるな」