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月下美人の理  作者: 藤田五郎
揺ルギナキ者
7/13

目間==東海道中胸栗毛・其之一

武者小路の決闘と同じ日の武者小路たちとはまったく関係ないところ。

「なぁなぁなぁ、奢ってくれよぉ」

「それはこっちがいいたいわっ」

 東海道。江戸時代に整備された五街道の一つで、江戸の日本橋を始点として京都へ向かう街道だ。

 そこを歩いている二人組の口喧嘩に街道をゆきかう人々は少し笑みを漏らした。

「いつも奢ってやってんだからいいじゃねえか、たまには」

「お前の方が金持ちじゃねーかッ」

 時代の流れが移り変わるとき、犠牲になるのは流れと無縁の人々だった。今、東海道を歩いている人は、日本を変えてやる、と意気込んで殺気立っているか、もしくはそういった連中に恐れをなして逃げ出しているかのどちらかだった。

 しかし、結局どこへ逃げても同じで、どこも同じように思想の違いで殺し合いが起きていたし、そうでなければ藩全体がどこかからの軋轢を受けていた。

 日本全体が焦燥と殺気に包まれている中、二人の青年はバカの様にわめき散らして歩いていた。

 二本刺しをそろえているのは安富才介。そして、もう一人の旅装束の青年が山崎権左だった。

「そうは言っても・・・、俺らに見せてくれるのか?」

 山崎はまぁ大丈夫だろ、と無責任にいった。

「俺の一族はこういうときの為にこの日本のありとあらゆる連中とつながりを作ってたからな」

 山崎はぶらぶらと手を振りながらいった。

 しかし、安富はその手のふりに非常に不安を感じた。

「まぁ、仮に見せてもらえなくとも一応他の当てはあるんだよ」

 山崎はニヤニヤしていった。

 その時、安富はその笑顔に非常に自信を感じた。

「まぁ、お前がかなりの謀略家なのは何度も見てるから知ってるけどさ」

 山崎という男は真に目的の為なら手段を選ばない。

 ご本尊を拝むために放火を企てたこともあるほどに。

 それを考えると、安富は少々この男についてきてよかったのだろうか、と不安になってきた。

「大丈夫だ。俺は山崎三郎翁の子孫だ」

 山崎三郎翁。通称初代。その名は山崎の口から何度か耳にしたことがある。

 東海道中膝栗毛を読んで東海道に埋められた埋蔵金を発掘し、巨万の富を得た謎の老人。

 そして、その血は確かに権左にも受け継がれている。この男の発想は天才的だ。

 いくつかの事件がこの道中何件か存在したが、それを見事に解決してきた。

 事件を解決した話をするのは権左は嫌うが、安富は結構好きだった。

 そして、この男が今度はどんな風にひらめきをもってして不可解な謎を解いてくれるのか。

 それは安富のちょっとした期待だった。

「よし、しょうがねえなぁ。今度は俺の奢りで泊まろうぜっ」

「話せるじゃねえかっ。大磯といえば虎御石だぜっ」

 安富は不安になってきた。

「そういえばお前はなんで奢らないんだよ・・・」

 安富が山崎の反対側を向いて文句を垂れた。

 今まで二人の方をおもしろそうに見ていた男は笑顔のまま言った。

「僕は君たちが破産しないように気を配りつつ、お金を節約しているからね」

 この男の方がはるかに山崎より怪しい。安富はいつもそう思っていた。

 江戸で二人が日本橋から旅に出ようと意気込んで、日本橋に足をつけた瞬間、二人の背後から現れたのがこの男だった。

 薬売りの異輪滝と名乗ったこの男は確かに抽出しがいくつもついた大きな木箱を背負い、薬売りらしい薬売りなのだが、安富にはもう一つ強力な何かを隠している様に見えた。

「大したものではありませんよ」

 口癖の様に言うが、嘘だろう。

 しかし、山崎は見え始めた大磯の宿に向かって走りだしていた。

 安富はやれやれという風に頭を抑えた。

「あんたもあんたで変な人だよ」

「大したものではありませんよ」

 しばらくして宿場町に入って山崎が土産屋に吸い寄せられるように歩き出した。

「オイコラッ、何をしてるんだッ」

「いや・・・、お土産を・・・」

「買っても邪魔なだけだろっ」

 どう見ても看板娘と話をする口実にしか考えていない山崎を安富は殴りつけた。

「なんですかね」

 琴輪滝は人だかりを見つめて言った。

 誰よりも早く動き出したのは山崎だった。

「俺はむちゃくちゃ不安だぜ」

 安富はため息をつくと、既に駆け出していた山崎を追いかけて言った。

「おい、あんまり無理させるなよ」

 人だかりの中心では一人の男が怪我をして倒れていた。

「何が起きたんだ」

 山崎は笠を傾けて近くに立っていた宿の娘に尋ねた。安富は気づいていた。その娘がこの宿でも有名な美人の娘であることに。

「それがですね・・・」

 娘が語ることを要約するとこういうことだった。

 この宿に上方からやってきた一人の浪士が、虎御石に襲われた。

「刀を防いだ石が人を襲ったというわけですか」

「どういうことだ」

 琴輪滝が顎を抑えて言った言葉は安富には意味不明だった。

「やれやれ、これだから学の無い連中は」

 しゃくに触る言いようと、キザったらしい身振りを交えながらため息をついた山崎は虎御石が何なのか説明してくれた。

 仇討ちで有名な曽我兄弟の片割れ、時致が仇の相手、工藤佑経の攻撃を受けたとき、この虎御石が工藤の攻撃を防ぎ、時致の身を守ったと言う伝説の石である。

「お前、石を盗むなよ」

 説明を聞いた安富が即座に言ったのはその一言だった。

 目的の為なら手段を選ばない男。それが山崎権左。

 まったく別の方を向いて話を聞いていた琴輪滝は疑問を口にした。

「いくら石が神秘的な力をもっていようと、人を傷つける事なんてできるんですか?」

 山崎は頷いた。

「世界には不可思議な出来事を引き起こす連中もいる。俺はそれを求め、探す者だ」

 宝探しの一族。その実態は妖しとの因果に結ばれた一族。

 安富も詳しく聞いたことはないが、初代は宝を探す過程において妖しと壮絶な争いを展開したらしい。

 山崎によれば、その妖しの能力の高さ故に十返舎十九はその宝の発掘を諦めその手がかりを自身の小説の中に隠した、と言うのが初代の見解らしい。

「まずは事情を聴かせていただこうか」

 山崎は周囲に向かって言った。

「お嬢さん、あなたのお名前は・・・」

 安富は山崎を殴りつけてから小声で囁いた。

「そこの武士にきくのがものの筋ってもんだろうがっ」

 山崎はブツブツ言いながらもそれにしたがった。

「それで、お前の名前は何だ」

 安富が頭を抱えるのと、武士が声を荒げるのは同時だった。

「貴様ここに直れっ」

 ・・・まずい。安富が想像していた以上の癇癪持ちだったようだ。いきなり斬り捨て御免をしようとしている。

「拙者は将軍さまにお目通り適う身なのだぞッ」

 すると、琴輪滝が後ろでジッと武士を睨んだ。

 その時、武士以外の誰も琴輪滝が武士を睨んでいるということに気づかなかった。

「こ、これは失礼した」

 武士は突然改まった。

「まぁ、こちらも失礼でしたから・・・」 

 何とかこの隙を利用して場を丸く収めようとした安富はそのまま武士に話を聴き始めた。

 武士の話は大体こうだった。

 まずこの宿場町に来る。それから、かねてより聞いていたこの石に触れてみようと思った。

 その瞬間、伸ばした自分の手に亀裂が入った。

 周囲を見渡しても、刀類は無い。

 何が起きたかと周囲を睨んでいると、今度は膝を斬られたた。

「そのため、この様な醜態を晒している次第にござる」

「有難うございました」

 安富は武士の話を聞き終わるときちんと礼をした。

「この事件、必ずや解決し、貴方様に傷を負わせたものをとっちめてやりましょうっ」 

 解決するのは山崎なのだが、ここで山崎に口を開かせるとまだもめごとを起こしそうなので、安富が言っておいた。

「いいな。他には」

 安富が確認すると、山崎は興味なさそうに頷いた。既に思考し始めている。

「それでは皆さん、帰ってくださって結構です。貴重なお時間有難うございました」

 周囲の人たちが去っていった後も、三人は石を囲んでいた。

 琴輪滝が薬棚の普段は鍵をかけている抽出しからヤジロベエのような物を取り出して人差し指に載せた。

「本物は初めてだ」

 知妖天秤。山崎はそう口にした。

「よく知っていますね。これはもう三千世界探してもこれ一個だけですよ」

 琴輪滝は笑顔を浮かべた。

 すると、知妖天秤は一方に傾いたまま静止した。

「やっぱりそうでしたか・・・」

「おい、どういうことなんだよ」

 話に置いていかれた中里はムッとしたように言った。

「この天秤は妖しの気を察知して、その方向に倒れる天秤なのだよ」

「それじゃぁ、これは妖しの類だと」

 安富は毛の無い頭頂部を掻いて言った。毛が無いのはそっているからで、若ハゲではない。

「そうだよ。この天秤はそういったものの存在を感知するものだから」

 琴輪滝はグルリグルリと石の回りを廻って言った。

「それは俺も睨んでいた。十中八九、そうだとは思ってはいたんだが・・・」

 山崎は言葉を濁して顎をさすった。

「俺が不思議なのはなぜこいつが再び動き出したかだ」

 500年間静かだった虎御石がなぜ今頃動き出したのか、という事だ。それが分からなければこの石を砕かない限りこの宿場町に平穏は訪れない。

「だけど、それだけは可能な限りしたくない」

 安富も琴輪滝も頷いた。

「こいつには何かいいたことがあるのかもしれない。こいつには何か聞いてほしいことがあるのかもしれない。こいつの事情を聞きもしないで俺らの勝手だけで石がブチ砕かれてたまるかってんだっ」

 安富も琴輪滝も頷いた。

「それじゃぁ、何か・・・」

 そこまで安富が言うと、琴輪滝の天秤が回転し出した。

「あれあれ、これはただの石みたいですねぇ」

「どっちだよっ」

 クルクル回り出す天秤を見つめて安富は吠えた。

「いやぁ・・・。ただの石でも回りの人間の思いが宿ったりして妖怪みたいな反応を示したりするんですよ」

「お前結論だすの早すぎたって事なんだなぁっ」

「まぁまぁ、落ち着いて」

 安富はなだめられてなんで俺が山崎になだめられてるんだ、と不思議になった。

「それで、これ以上は何かする必要は無いんだな」

 安富が尋ねると、山崎は頷き、琴輪滝は天秤をしまうと抽出しに鍵をかけた。

「それじゃ、いきますかね」

 言ったそばから、山崎は先ほどからチラチラ見ていた宿に即座に消えた。

「やれやれ・・・」

 宿に入って早々に三人は晩のお膳をつつき出した。

「お前さ、この目の題名『東海道中胸栗毛』にしたけど、それって異人のことじゃないのか?」

「確かに・・・」

 琴輪滝は全てを言うのをためらうように同意した。

「それとも、世間胸暮算用の名前も一緒に持ってきた?」

 ギクッと言う音が確かに安富の耳に聞こえた。

「・・・図星ですね・・・」

 琴輪滝は情けなさそうに言った。

「う、うるせぇっ。てやんでいっ、合体させて何が悪いってんだッ」

 合体は悪くはないが、合体させた二つがまずかった。

 二人はそう思ったのだが、山崎にその思いは伝わらなかった様だ。

 残りにすることは風呂、睡眠。

 風呂を済ますと三人は仲良く枕を並べてねはじめた。

「なんだか修学旅行みたいですね」

「なんだそれ・・・」

「寺子屋のみんなで旅をすることじゃなかったか?」

 安富はそうですか、と言うとそのまま寝た。

 その夜、山崎が眠れぬ夜を過ごしているとも知らずに。

 翌朝。目をショボショボさせながら朝食に手をつける山崎を安富は不安そうに見つめた。

「最近よく寝られてないだろ」

「そのとぉーり・・・」

 そのまま膳に突っ伏して寝そうな勢いで山崎は答えた。

「なんでしたら眠気覚ましでも用意しましょうか?」

 琴輪滝が抽出しを開けた。

「うぅ・・・、もらうよ」

 山崎は薄い紙に包まれた赤い粉末を口に全て流し込んだ。

「フンムゥッ」

「ぎゃー、どうしたっ」

 山崎がいきなり鼻から煙を吹き出し、顔面を真っ赤にした。

「唐辛子だけの粉末だから相当辛いですよ」

「食わせてから言うなっ」

 しかし、効果は覿面で、山崎は息を荒げながらも目を覚ました。いや、本能的に感じた身の危険故に目を覚まさざるを得なかったのだ。

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」

 山崎はそれ以上何か口にする気を失い、そのままそこに大の字になって横たわった。

「おい、大丈夫なのか・・・」

 安富は不安になって尋ねたが、琴輪滝は命に別状はありませんよ、と柳に風だった。

 そして、琴輪滝と安富が布団をたたんでいると外から山崎の大声が聞こえた。

「えー、皆様。おはようございます。私山崎のお話を少々聴いていただきたいのですが」

 山崎は虎御石の上に乗って大声でしゃべり始めた。

「何してるんですかっ」

 琴輪滝と安富で山崎を引きずり下ろしていると、律儀な皆はぞろぞろと出てきて虎御石の回りを囲んだ。

「犯人はぁ分かっているッ。誰一人としてこの宿から出るんじゃぁねぇぜッ」

 山崎がビシッと言った。その空間は完全に山崎の雰囲気に支配されていた。

「いいかッ。この石は過去に何をしでかしたかは知らねぇ。しかしな、今この瞬間に、この石は何もしちゃぁいねえんだぜッ」

「ど、どういうことだ」

 山崎はいい反応だ、とつぶやいた。その声をあげているのがサクラの安富であるということも知らずに。

「この石は、今この瞬間は俺が今手にしている石と何ら変わりはねぇって事だッ」

 いちいち力んでいて今後体力がもつのか、琴輪滝は不安になってきた。琴輪滝は自分の薬棚から滋養強壮の薬を一つ取り出しておいた。

「もし、仮に、この石に不思議な力が宿っていたと仮定しよう」

 山崎は手に持った石をお手玉の様に投げながら言った。安富は盛大な不安を感じた。

「そして、この石が思いっきり投げつけられたときッ」

 安富は即座に反応した。

 しかし、それより早く琴輪滝が動いた。

 山崎の手から放り出された石は安富めがけて飛んでくる。

 琴輪滝はそれをつかんだ。

「あーぁ、そこで止めないで欲しかったなぁ」

 それは俺に当たったらおもしろいからだろうな、安富は山崎の笑顔を見てそう思っているであろう事を確信した。

「まぁ、前置きはこの辺で終わり。真面目に話をしよう」

 山崎は虎御石に手を触れて言った。

「ところで、まず疑問に思うのはなぜ石が『斬った』かだ」

 山崎は指を立てて言った。

「今俺が投げた石が仮に誰かにぶつかったとしても、よほど尖っていない限り斬られたりするようなことはない」

 切り傷だったとしても、まるで刃物で斬ったような傷ではなく、擦ったような幅広の傷が出きるはずだ。

「そして、この石を撫でまくってみたが、多くの人が撫でたせいで石は角が削れて世慣れている」

 山崎はさらに続けた。

「そして、事態は異常に簡単なんだよ。問題はそれが実行可能な人間が存在するか、だけだ」

 つまり、結局は人知を越えた存在が原因だと、そういいたいわけだ。

「世界には必ず釣り合いが存在する」

 力が片方から加わって動いていなければ反対側から力が加わっている。失われている様に見えても、どこかでそれと釣り合う何かが生まれている。

「すなわち、こいつは今まで溜め込んでいたということだ」

 斬撃を。ペチペチと叩かれた衝撃を。

「それは500の年月を流れることで溜め込まれていき・・・」

 山崎は満面の笑顔で天を指差した。

「こいつの容量を越えたッ」

 そして、その容量を越えた斬撃や500年分のペチペチはついに2発の斬撃に変換された。

「そんなことありえるのか?」

 安富がもっともな質問をすると、回りの人間もそうだ、そうだ、と頷いた。

「異人の使うエレキテイルを溜める装置はそういったものがある。エレキテイルを一定量まで溜め、一定量に到達して、エレキテイルを伝えやすい物を接続すると、エレキテイルを流すっつーもんが。確かコンデイサだったかな」

 山崎の解説に皆頷いた。

「と言うわけで、この石は500年に一度、そんな斬撃を放つ恐れがあるから気をつけてほしい」

 山崎の言葉を聞くと、皆不安そうに顔を見合わせた。

「大丈夫です。皆様」

 琴輪滝が薬箱を下ろして言った。

「僭越ながらこの私がこの石が斬撃を放たぬ様に薬を捧げます。それにて9999年の先に斬撃を繰り出すようにいたします」

 9999年と言うのはあまり当てにならない数字で、大体永遠に斬撃を放たない、という意味だ。

 琴輪滝は抽出しを手際よく開けて様々な色の粉を乳鉢に入れて混ぜ始めた。

「安富さん。申し訳ありませんが、そこの草を何本かください」

「お、おう」

 安富は言われたように本当にその辺の草を引っこ抜くと、泥を落として琴輪滝に渡した。

 琴輪滝はそれの根を折って放ると、草を口に入れて噛んだ。

 それから、噛み砕いた草を乳鉢に入れてそれも合わせて混ぜ出した。

 そして、琴輪滝はそれを石の廻りに均等にまいた。

 山崎はそれを満足そうに見つめると、琴輪滝が薬をまくのを終えたのを見るとパンと手をうった。

「それではこれをもってこの事件を解決した事にさせていただきたいと思います」

「あれが真相なのか?」

 安富は三三五五と散っていく人間とは反対向きに、山崎に詰め寄って言った。

「違う。だが、本当の真相は語らない方が身のためだ。だが・・・」

 山崎は冷たい視線を琴輪滝に送った。

「まさかあそこまで派手な茶番をやるとは・・・。お前も俺以上の詐欺師だな・・・」

「いやぁ、ああした方が説得力があるかと思いましてね」

「へ?」

 安富が琴輪滝を仰ぐと、琴輪滝は笑って言った。

「今やった薬の儀式。何の意味もないんです」

「へ?」

「今撒いたのはタダの色の粉と私の唾液まじりのそこの草なんですから」

 琴輪滝が笑顔を向けて安富に教えてくれた。

「お前ら・・・、人間じゃねえ・・・」

 そして、山崎は宿に戻ると出立の準備を始めた。

「琴輪滝、これを渡して置いてくれ」

「わかりました」

 安富は琴輪滝の手に握らされた手紙が朝騒ぎ出す前に書いていたものと同じだということに気がついた。

 そして、安富と山崎は宿を後にした。

「渡しておきましたよ」

 途中で琴輪滝が合流してそういうと、山崎は黙って頷くだけで歩いた。

 ポテポテと歩みを進めていると、一人の男が三人の目の前にたっていた。

「まんまとひっかかりやがったぜ。おバカさんよ」

 山崎の言葉に男はビクッとした。

「お前があのおっさんの持ってる文書をもってかれたくなかったんだろう、何てことは簡単に分かってたんだよ。後はどう燻り出すかだけだったんだぜ」

「俺をどうするつもりだ」

「なーんもねぇ。あれを返してくれさえすりゃどうでもいい」

 山崎は手をかざした。

 男は黙って手紙を放った。

「どちらにせよ、俺がこの事件をあの場で解決できなかったのは被害者たるあのおっさん自身が嘘をついたってことだ」

 山崎は男に語り始めた。

「お前が何者で、この手紙が何なのか知ったこっちゃねえ。だけど、お前は将軍にお目通り適う人間が恐れるほどの対象であるということだけは分かる」

 そして、山崎は笠を大きく傾けると言った。

「お前一体何者だ。表の人間じゃねえ。裏も裏、俺ごときじゃ手もでねえような大きな機関だな」

 男は山崎の突き出した人差し指を嘲笑する様に笑うといった。

「覚悟しておくんだな。お前の行動は常に見張られている。お前が何を思っているのかは知らないが、お前は我々に干渉する勢力、すなわちお前は我々の敵対勢力となった」

 安富は身構えた。

「無駄だ、正儀。あいつが本気を出せば俺たちは為す術はねえ。もしあいつが襲ってきたら降参しろ。それ以外に俺たちが生きる道はねえ」

 安富は山崎の言葉には内心したがいつつ、刀にかけた手は離さなかった。

「まぁ、あいつは交戦する気は無い様だがな」

 山崎は笑うと、そのまま歩き出した。

「俺たちはいかせてもらうぜ」

 その時、山崎は気づいていた。今自分たちが助かったのは全ては琴輪滝のおかげだと。

「あんた何者なんだ」

「大したものではありませんよ」

 山崎は納得していないような目を向けて琴輪滝を睨んでいた。

 すると、安富が山崎に尋ねた。

「ところで、なんでおっさんが嘘ついてるって分かったんだ」

「将軍どうのとか喚いてたから、一度上がって、戻ってくるところであろう事はすぐに分かった。じゃあ何で今更石を見る。行きに見たっていいだろ」

 山崎はさらに言った。

「あのおっさんの手を見たお前の感想は、馬には乗れなさそう、だ。だとすれば行きは馬に乗ったという説は無い。しかもだ、行きに文書を持っていたから慌てていた、のなら帰りは文書は無かったはず」

 にも関わらずあの武士は文書を持っていた。

「だったら石を行きに見ないのに帰りに見る理由が無い。つまり嘘をついている、と言うことだ」

 山崎はそこまで言ってあくびをするとブツブツ言った。

「琴輪滝、あの薬効きすぎだよ・・・」

 それから、三人は武士が持っていた文書をそっと置くと、そのまま旅を続けた。

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