第三目==華麗なる生活・芦屋編
武者小路と芦屋が出会う約一年ほどまえ。
京の街外れのオンボロ小屋。
家主が去ってかなり何年か経った家に『大陰陽師・芦屋』と言う汚い字を書いた汚いむしろをたててその日暮らしをしていたのが芦屋だった。
幕末の京都で治安はあまりよくないのだが、あまりにも汚い小屋なので誰かが押し入ってくることはあっても、せいぜい一晩を明かす程度で、何も盗んでいくことは無かった。
しかし、正確に言うなら盗む物など一切なく、土間の上がりのところに一個汚い机がある以外はこの小屋に何もなかった。
そんな小屋で芦屋はくるはずのない客を待ちながら毎日煙管をふかしてのんびりしていた。
もちろんこの時代の流れをおもしろいとは思うのだが、参加したところで、あまりに強大過ぎる自分が加担した方が確実に勝ってしまうという結末の見えた戦いに参加してもしょうもないので、芦屋はこうして自堕落生活を送っていたのだった。
そんな芦屋が掲げている標語は「明日から本気を出そう」。そしてそんな芦屋が本気を出す今日は永遠にこない。そんな自堕落生活を送っていた。
しかし、そんな芦屋が今この瞬間、本気になって更生されようとしていた。
「んだよ・・・」
芦屋は目の前に立った美青年を見つめて言った。
煙管から吐き出された煙は細い筋を描きながら空中に消えていった。
「私の同胞が探し物を頼むのなら君に頼めと言っていたのでね」
芦屋は怪訝そうな目で美青年をジロジロと見つめた。
そして、芦屋は指折り数えてブツブツ言ってから美青年の方に向き直った。
「今日は日が悪い。明日にしてくれ」
芦屋は言った。本気を出すのは明日にするつもりらしい。
「そういって何年待ったと思ってるんですか」
「いや、知らん」
芦屋と美青年の間に冷たい風が吹いた。
「あー、もう分かりましたよっ、何をすればいいのッ」
ついに折れた芦屋は煙管を振り回して喚いた。ちなみに、美青年がここに来たのは今日が初めてだ。
美青年は満足そうに笑みを浮かべると、五枚小判を置いた。
「探し物をしてほしい」
芦屋はそこで怪訝そうに相手を見つめた。
理由は一つ。金さえつめば自分が動くと思っている。自分を拝金主義者の小物扱いされたということに少し苛立ったからだ。
しかし、芦屋は満足そうに小判を自分の方に引き寄せると笑顔で頷いた。
「少女を探してほしい」
「了解した」
芦屋は人形の紙を一枚置くと美青年に言った。
「そいつが身につけていたものやそいつの体の一部はがあるならそいつをこれにこすりつけろ」
美青年は紙に包まれた何かを擦りつけて人形の紙を返した。
芦屋は指をクイッと曲げて人形を起こすと、自分の肩まで動かした。
「それで、それだけの為にここに来たんじゃないんだろ」
芦屋は再び笑顔を向けると、手を突き出した。
その意味を即座に理解した美青年はすぐに懐から小判をもう一枚出した。
「そんなもんだろうな」
芦屋はそれから意味深な笑顔を向けた。
美青年は首を振った。
「おい、何か隠してるだろ?」
芦屋が美青年に詰め寄ると、家の壁かが火を吹いた。
「な、ナンダァッ」
「あんまり詰め寄ると熱いしね。危険を察知した部下が気を使ってくれたのだよ」
「もっと熱くなってるだろっ」
芦屋は吠えたが美青年は扇子で仰ぐ切りでしらをきる。
「あーぁ、もうなんでもいいよっ。金なんかいらないからっ。お話を聞かせてぇえええ」
美青年は満足そうに頷くと話を始めた。
「五行のそれぞれに対応する秘宝・・・」
芦屋は美青年の話を興味深そうに顎を撫でた。
「つまり、お前は五行の力を手に入れ、陰陽を超越し、混沌より出る力を我が物とせんとしているのか?」
芦屋は目の前の美青年を見つめて言った。
「そういうことになりますかね」
芦屋はやれやれ、と言う風に頭を掻いた。
「お前はその果てに何を望む?力の果てに何を望む?絶望か?破壊か?女か?名声か?救世か?天下取りか?」
芦屋が今まで喰らってきた者は皆力の果てに今言ったどれかを欲していた。
しかし、美青年はどれでもないですよ、と首を振った。
「私はただ力が欲しい。それだけです。その果てに何が起ころうと、そのどうでもいいのです」
「手段の為に目的を選ばないつもりか・・・」
芦屋はいささか驚いた。その果てに何が起ころうとどうでもいいとは大きく出たものだ。
「いいか。混沌の境界線から力を引き出そうとした末路は悲惨だぜ」
混沌の名の元に秩序は脆く崩れ去る。一度始まった混沌の連鎖はやがて秩序をすべて飲み込む。
「お前はそこまでして何をする。混沌の力を引き出したところで何にも使わないわけが無い。ただ絶対の力を欲するだけならもっと他の方法がある。お前は『神の意志』の残響を追うつもりなのか?」
芦屋は煙管の煙を吹き出すと言った。
その目は本気だった。明らかに今までと雰囲気が違う。
「貴様には言っておいてやろう。俺と同じ匂いがする人ならざるお前にな。この世界をぶち壊しても後悔するなよ」
「後悔?否否否否。この絶対にして完全なるこの私が後悔する?ふざけるのもいい加減にしてくれたまえ」
その瞬間、芦屋の首が体から離れ、奥の壁に叩きつけられた。
「これが私の能力の一端。鎌鼬だ」
芦屋の体は立ち上ると、吹き飛んだ首の方へ歩き出した。
「そうか・・・。報酬分は働く」
芦屋の体が首を体に戻しながら言った。
美青年はその場から残像を残しつつ消えた。
「ふぅ・・・」
芦屋は煙管をふかしはじめたがいつもより焦げ臭いことに気づいた。
「アァッ、俺の家が燃えているんだったぁっ」
芦屋は燃え落ちる梁もない、薄っぺらい木の板っペらが燃えている家から脱出した。
その瞬間、芦屋の荒ら屋は燃え落ちた。
「あぁー・・・、俺の家が・・・」
幸い芦屋の家が燃え落ちるだけでそれより大きな被害はでなかった。
「幸いってなんだよっ。俺の家が燃えたのに酷すぎるだろっ」
「あんさん、陰陽師やったら自分で消せばよかったのにねぇ」
芦屋は野次馬の一人に言われた言葉に赤面した。
「お、陰陽師だからって何でもできるわけじゃないんだよっ」
「おいおい、大陰陽師様に不可能はないじゃないのかい?」
そして、同意する声と大きな笑い声に包まれたこの場から芦屋はすごすごと逃げ出した。
火事の見物に来ていた野次馬に潜んでいた幻影はツクヨミが去ったことを確認すると後ろを振り向いた。
「おい、お前だろ。俺を巻き込んだのは」
幻影が振り向いた瞬間、芦屋その背後にいつの間にか立っていた。
「貴様・・・いつの間に・・・」
芦屋はまぁそう言うことは聞かずに、聞かずに、と言ってから牙を見せた笑みで言った。
「今のお前とやりあえば確実に俺は勝てる。どうする?今決着でもつけるか?」
「貴様との因縁は百の年月を数えたな」
幻影は振り返ることなく言った。しかし、その拳には自然と力が入っているのは見て取れた。
「今は貴様との因縁より重大な事件に関係している。貴様も巻き込まれたのなら我輩との因縁のことはしばし預けおけ」
芦屋はやれやれ、と言う風に首を振った。
「そんなに真面目じゃ若白髪が増えるぜ?」
900歳の男が相手に言うことではない。
「ふっ、貴様も少しは健康に長生きする事を考えたらどうだ?」
「そうかもしれねぇなぁ」
芦屋はゲハハハと笑った。
「それと、年寄りにもう一つ文句を言わせていただくとお前の部下は人の家を爆破するような趣味があるのか?」
跡形もなく芦屋の家は燃えてしまったので周囲に燃え移るということもなく、人はまばらに散っていた。
「それだけは文句言っておいて、本当に」
芦屋は幻影の肩に手を当て、涙を流しながら言った。
「一応伝えておこう」
芦屋の勢いに押された幻影はそういうのが限界だった。
そして、嬉々として無駄遣いに走る芦屋を幻影は冷やかな目で見ていた。