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月下美人の理  作者: 藤田五郎
揺ルギナキ者
13/13

最終目

 ツクヨミは目に布を巻いたままじっくりとその場に集結した一同の気配を読み取っていた。

 板の間に、人数分の畳が置かれており、そこに一人ずつ腰を下ろしていた。

 沖田だけは立ったまま腕を組み、壁に背中を預けていた。

 土方、沖田、近藤。それ以外に岡田以蔵と黒い面布をつけた貴族風の男。お庭番衆では幻影、投擲、紅蓮に加え、謎の男が一人混じっていた。

「傀儡」

 幻影が厳かな声でその謎の男に呼びかけた。

「貴様は何をしている」

「えぇ?何をですって?」

 傀儡と呼ばれた能面の男はそらっとぼけた声をあげた。

 幻影はそのまま尋問を諦めた。

 以蔵はそのさまを見つめてフッと見下すようなため息を漏らした。

「お庭番衆とはいえ、そのように程度の低い言い逃れをするのですな」

 以蔵の意見に幻影は異論を述べること無く、肯定した。

「それはこの男が程度の低い男であるからだ。個人の品位は集団とは無関係であり、集団の品位は個人の品位に結びつく、とだけ言わせていただこう」

 そこには我々お庭番衆は貴様等浪士ごときとは格が違うのだよ、と言う幻影の真意が投擲には見て取れた。

 幻影は決して性格が悪いわけではないのだが、嫌味には確実に反論するので多くの人間と何度も乱闘になった。実際には幻影は自分の力量をすべて見せること無くそれなりに相手を痛めつける事に成功しているのだが。

 そして、投擲はフッと横を振り向くと、土方の拳が巨刀を掴んでいるのが見えた。

「まぁまぁ抑えて・・・」

 投擲は隣でボソボソと言った。今後この会合があると自分の白髪が増えるような気がした投擲であった。

 投擲の声を聞いて理性を取り戻したのか、幻影の方に意識を向けないようにする為か、土方は正面に座っている黒い面布をかぶった貴族風の男に問いかけた。

「そこの御仁はどなたであろう」

「我か、我は貴族とでもしておこうかの」

 貴族と名乗った男はカラカラと軽い声をあげて笑った。

「お前たちと立場は異なっているが、お前たちを陰ながら助力し、ツクヨミさまがこの地上に降り立たれた際よりお仕え申すものだ」

 しかし、立って壁に背中を預けて腕を組んでいた沖田は鼻を鳴らした。

「僕等を陰ながら助力だと?意味が分からないな」

 貴族はクハハハとおとなしい笑い声をあげて言った。

「清川が我々朝廷に建白書の受納の申し出を行ったのは知っているか?」

 近藤、土方、沖田の三人は仲良く首を振った。

「それにはツクヨミさまに関する記述と、浪士組を攘夷集団として使いたい、と書いてあった」

 そして、その文書の攘夷に関する案件のみを取り沙汰させた。

「これで浪士組を分解。お前たちとわずかの無関係な人間が残ったというわけだ」

 そして、今度は貴族が勅命の形を借りて浪士組を動かす。それによって武者小路を攻撃させる。

「長々としていてあまり賢いようには思えませんな」

「おお怖い怖い。これだから東夷の方々は・・・」

 貴族がせせら笑う様に言った。

 沖田が即座に抜刀の姿勢をとる。

「まぁまぁ、そういう物じゃない。我々は立場や意見は違えどその忠誠はツクヨミさまへ捧げているはずだ。御前で喧嘩をするものじゃない」

 そういいながら近藤はツクヨミの方を振り向いた。

「どちらにせよ浪士組は壊れゆく城郭。ならば火薬を詰め、最後に大きな爆発を起こさせるのが花と言うものでしょう」

 ツクヨミはククッと肩をふるわせた。

「君もひどい男だ」

 ツクヨミは言いながらも近藤に刀を一本渡した。

「我々の持つ最高の妖物。それを使うといい」

「承知仕りました」

 そして、ツクヨミは向きを変えた。

「幻影。右腕の様子はどうだ?」

 幻影の右腕は芹沢と戦ったときのものとはまったく違うものになっている。 

 それは、紅蓮が爆破し、永倉が持ち去った中里の右腕だった。

「さすがにいい腕です。簡単につきました」

「そうか・・・」

「それに、若返るような気分がいたします」

 美しい女性の腕のような右腕は満身創痍の幻影には不釣り合いなものだった。

「だが、しばらくしたらすぐにとることになりますがな」

 土方は淡々と言った。

「少しつけておくだけでも効用がある。必要となればいつでも申されよ」

 幻影は右腕を抜く準備をして言った。

「いえ、まだしばらくかかりそうですので」

 その言葉に貴族と呼ばれた男が少し苛立ったような声を挙げた。

「なんだと・・・。あれは連中への対抗手段としてもっとも有効な物だぞ」

「それをするために、敵最強に手傷を複数回与えなければならないようでは完璧な計画とはいえませんな」

 投擲は土方と貴族の会話を聞いてまた白髪が増えるような気分がした。

「ヒャヒャヒャハヤハヤハヤヒャ、相変わらず統率のとれてねぇ連中だなぁ」

 その時、バラッと何枚かの紙が飛んできた。

「この感覚は芦屋か」

 ツクヨミがこともなげに言うと、その場に緊張が走った。

「おいおい、俺様がなんかしたってのか?」

 紙がどんどんと積み上がって芦屋の形を作り始めていくなか、芦屋の不満そうな声が響いた。

「お前はセレネ捜索後、武者小路の元へいったではないか」

「俺はおもしろそうな方の味方をする。武者小路の肩を持った覚えは無いぜ」

 芦屋はギャハハハと笑って言った。貴族と以蔵はあからさまな怒りの視線を芦屋に向けた。

「俺は言われたとおりセレネを見つけた。実際あんたが言ったのは見つけ出せってことだけなんだぜ?」

 ツクヨミはそのまま頷いた。

「少なくとも奴を護陣宮から無傷で引きずり出したというのは感謝している。それに、見つけ出せとだけ言ったのも事実だ」

 芦屋は満面の笑みでその場に座する一同を見下した。

「しかし、ノコノコと戻ってきただけという分けではないだろうな」

 ツクヨミの問いに芦屋は頷いた。

「セレネが一瞬だけ覚醒した。奴は武者小路を宙に浮かせた状態で沖田を吹き飛ばした」

 芦屋はそこまで言って気まずそうに沖田を見つめた。

「すいませんね、ここにその被害者がいました」

「貴様とは別の機会にきっちりとケリをつける」

 沖田は憮然とした態度で言い放って続けろ、と言った。

「中里の右腕が失われた・・・」

「貴様、おちょくっているのか」

 以蔵が怒りを滲ませた声で言った。

 この状況をどう見れば中里の腕が失われたことが新しい情報になるのだろう。

「あぁーぁ、これだから冗談が通じねえのは嫌いなんだよ」

 芦屋は烏帽子を外してそこから煙管道具を一式取り出すと、そのまま煙管を吹かし出した。

「いいこと教えてやろう。お前らが血眼になって探してる『楔』。それはこの世界で神器と呼ばれて尊ばれているのは知ってるだろ?」

 芦屋は煙管から珍妙な形の煙を吐き出して言った。

「そしてだ。古の術式によりて形成されし五つの秘宝が月に関する姫君と共に語られているということだ」

 芦屋はそこまで言うと、煙管を咥えた。むろん、自分の言っている意味が向こうに通じていないことなど承知したうえで、先方からの答えを待つような形で芦屋はこの緊張感を楽しんだ。

「まったく。どいつもこいつも理解が悪いねぇ」

 芦屋はゴキゴキと首を鳴らして言った。

「『竹取物語』」

 芦屋の短い言葉は容易にその場を支配した。

「それだけだ。竹取物語においてかぐや姫が求婚者たちに要求する五つの宝」

 火鼠の皮衣。仏の御石の鉢。蓬莱の玉の枝。燕の子安貝。龍の首の珠。

「どうだ?お前らが血眼になって手がかりを探す五封器ってのはこれのことだろう」

 芦屋は満面の笑みを浮かべて言った。

「五行を連ねし月の使者。更なる姿によりて万物を統べたる者になんめり・・・」

 芦屋はかつてツクヨミが語った伝承を口にした。

「そうか・・・。ついに、ついについに至ったかッ。旧世代の遺構、第伍封器・・・」

 ツクヨミは立ち上がって狂喜の表情を見せた。

「だが、こっから先がわからねえのが、そいつがどこにあるかだ」

「それではその情報はあまり役にたたいんじゃないのか?」 

 近藤が苦笑混じりに言った。

「手がかりは『竹取物語』の中にあるのだ。そこから探していくしかないであろう」

 貴族が冷やかに言った。

 言葉の端々にこれだから田舎者は困る、といった見下した感情が溢れ出ている。

 沖田は舌打ちをして、刀を握ったが、土方は刀を置かせた。

 手がかりがあるということが分かっただけでも十分だ。なにしろ貴族はあと少しで正倉院まで探るハメになりかけていたからだ。

 しかし、紅蓮も投擲も竹取物語の一言一句をことごとく覚えている分けではないが、あの物語の一体どこに宝の隠し場所が潜んでいるのか見当がつかない。

「俺だってわからねえよ。似たような匂いがしたから言ってみただけだ」

「おいおいおい、じいさん。それじゃ嘘だったらどうするつもりなんだよ」

 傀儡はにんまりとした顔でのけぞって言った。

「お前のその人形。動いてないぜ」

 芦屋が指摘した瞬間、傀儡の目の前に置かれた木の人形がパタリと倒れた。

「舐めんじゃねえぞ、若造」

 芦屋はヒヒッと笑った。

 傀儡はチッと舌打ちをした。

 芦屋の笑いにツクヨミが同調した。

 その場にいた全員は背筋が凍るような思いをしていた。

 唯一人。幻影を除いて。幻影は冷たい右目でツクヨミと芦屋を見つめていた。


 中里はゆっくりと起き上がった。

「すまないな、幻影」 

 日は既に昇り始めている。

 夜の間ずっとこうして死んだふりをしていた。

 寝ていた訳ではない。決して。

 中里は立ち上がった。腕の傷はふさがっている。

「これが・・・、最後なんだろうな」

 血は地面に吸い込まれてなくなっていた。

 中里は朝日を見つめた。

 ツクヨミ自身はしばらく動かないだろう。

 右腕を奪ったのは幻影の右腕の為だと考えていい。

 ツクヨミの追い求める『楔』が一体何なのかはまったく分からない。

 中里はフウとため息をついた。

 武者小路たちは無事なのだろうか。

 京の街をうごめく百鬼たちがのそのそと歩いている。

 それはどこかに逃げるかのような姿だった。

 京都の街は結界に囲まれている。

 したがって、百鬼はこの京都の街からでることはできない。

「それが・・・、どこかへ行こうとするって・・・」

 それに、この朝っぱらから百鬼が動くのもおかしい。

 百鬼は日の光を嫌い、夜中に行動する。 

 中里はツクヨミ襲来、という以上の危険がこの都市に来ていることを薄々感じた。


 屋敷に戻っていた中沢の元に土方が来ていた。

「何だ、土方」

 中沢は刀を抱えたまま言った。昨日からこの姿勢でいつづけている。

「貴様も浪士組の一員ならば、分かっているだろうな」

 中沢は本能的に身の危険を感じた。その危険は土方が今ここで刀を抜いて襲ってきたほうが身の危険を回避できる可能性が高い危険だった。

「中沢、貴様の責任として始末せよ」

 中沢は歯を食いしばった。切腹か。

「切腹ではない。お前か、妹の手によって幕府の敵、武者小路凪を殺せ。もしお前の妹が立ちはだかる様であれば

殺せ」

 土方の低く重い声に中沢はうつむいて冷や汗をかいた。

「貴様のとるべき道は常に一つ。江戸幕府を守ることだけだ」

 中沢は口をわなわなと震わせて土方の後ろ姿を見つめていた。

「貴様・・・後ろに気をつけろよ・・・」

 土方は振り返ると怪訝そうな目で中沢を見つめた。

「それは我輩に不意打ちを仕掛けるという意味か?」

 土方は嘲笑を浮かべていった。

「無駄だ。我輩を倒すのは貴様には不可能だ」

 土方はそのまま不気味な気配を背負って出て行った。

「貴様・・・、許さん・・・、絶対に・・・」

 怒りに体をふるわせた中沢は畳についた手に力を込めた。

「許さんのなら我輩を力で持ってして越えてみろ」

 土方はその巨刀を担いで出て行った。

 中沢は目の前に置かれた刀が語りかけてくる言葉に完全に囚われた。

 その意味は今は土方しか知らない。


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