第十一目==文久の乱・其之三
この事件はツクヨミ関係者の中では、大きな事件の一つとして記憶されており、ツクヨミと武者小路が向き合った場が二条城前であったことから『二条城動乱』。あるいは元号をとって『文久の乱』呼ばれていた。
この事件が史実で語られない理由は二つ。中途半端に関わった者はその激動に巻き込まれ殺され、深く関わった者は皆口を閉ざしたからだ。
戦死者、芦屋1名。負傷者4名。
その負傷者にツクヨミは名を連ねることとなった。
ある一瞬、中里の体が激しく動いた。
「ヌッ」
幻影が。土方が、ツクヨミが反応した。
しかし、武者小路と中沢が反応し始める直前に。
中里の体から爆発する様な光が発された。
「何だっ、この光はっ」
激しい閃光3人の男がたじろいだ瞬間、武者小路の行動に迷いは無かった。
「抜けっ」
「邪紋壊機・龍影搾刀丸ッ」
武者小路はまず幻影の背後に立つ。
幻影に振り返りざまの蹴りと斬撃を叩き込む。
よろめく幻影。
そこから武者小路は琴を抱きかかえる。
そのまま武者小路はツクヨミに一撃を加えた。
「ギャグアハァッ」
ツクヨミの悲鳴を聞きながら、武者小路は上がった。
中沢は一歩出遅れ、セレネを抱きかかえると武者小路に続いた。
しばらくして土方は目から手を離した。
まだ少し目がクラクラするが、土方は頭を振ってそれをなぎ払った。
「こいつ・・・ここまで追い込まれておきながら・・・」
土方は右腕のあたりが文字通り血の池になっている中里を見つめて言った。そして、刀を抜いた。
「何をするつもりだ」
土方は鬱陶しそうに幻影の問いを聞いた。そして、鼻を鳴らすと刀を収めた。
「いいえ、何も」
ここでとどめを刺しておきたかったものだったが、幻影はそれは不意打ちだ、と言って咎めるに決まっている。変な言い争いをして怒りを募らせてもしょうがない。そう判断した土方は刀をしまったのだった。
「しかし・・・先ほどの閃光一体・・・」
「ストロボと呼ばれているものだ」
ツクヨミは目を抑えながら言った。元々闇に生きるツクヨミに閃光はあまりにも激しすぎた。
「異国で『写真』をとるときに使用される光だ」
幻影は一度聞いたことがありますな、といってツクヨミの方を向いた。
「私はしばらくの間最前線から退こう・・・。この目が・・・」
武者小路は走り出した物の、どこへ逃げ込めばいいのか分からなかった。
「やれやれ・・・。なんでこんなことしてるんだか・・・」
武者小路の隣でいきなり声が聞こえて武者小路は足を止めた。
「なっ、何者だっ」
「殿内義雄。本日中沢の監視を仰せつかった者だ」
殿内は走るのを止めて言った。
「この方たちはツクヨミに対抗しうる勢力では無いのか?中沢」
中沢は返答に迷った。下手な回答をすれば武者小路もろとも殺される。
「大丈夫だ。拙者は清川さまに浪士組結成の本当の意味を知らされている者なのだからな」
「本当の意味・・・。攘夷では無いのか」
殿内はやれやれという風に頭を振った。
「それは何者かが流した虚言。真の目的はツクヨミ戦線の最前線の尖兵たること」
武者小路は驚いた。
「誰がそんなことを言っていた・・・」
「清川さまご本人だ」
殿内はついてくるがいい、と言って走り出した。
武者小路は頷くと走り出した。
「気をつけられよ。この一帯は浪士組の駐屯地、即ち近藤たちもここにいるということでござるからな」
その瞬間、中沢は足を止めた。
「貴殿、何者でござろうか・・・」
殿内はゆっくりと振り返った。
「浪士組旧目付役、殿内義雄」
髷にまとめられなかった髪がバラバラと顔にかかっている。
厳しい目はこの闇夜の中でも光を放っている。
「浪士組内においてツクヨミ討伐計画の真意を知っている数少ない人間でござる」
中沢と武者小路は殿内の気配に圧倒された。
「気をつけて進まれよ」
殿内は二人を気にする気配など毛頭ないようにフラリと進んでいった。
そして、殿内は新徳寺の門を叩いた。
「あ、ご苦労様ですね」
寺の坊主は殿内の顔を見るとすんなり門を開け、武者小路たちを中に入れた。
「清川さまはいかがしておられるか」
「そうですね。まだお休みにはなっていないようですが、お部屋に戻っておられたような気がしますね」
坊主の返答に満足げに頷くと、殿内は礼をいって中に入った。
「中澤殿も、武者小路さまもご一緒くだされ。清川さまは匿ってくれるでしょう」
武者小路は匿ってくれる、と言う言葉を聞いて少し胸が痛んだ。この自分を匿ったせいでこの寺に魔の手が伸びたらこの寺などひとたまりもないだろう。
「心配はいりませんよ」
武者小路の背後にいつの間にか和尚がたっていた。
「この寺の結界は御所とまではいかなくとも、かなり強固やさかい。そんでもって、この寺に清川さまがおるんけ」
武者小路の不安を読んだかのような解説を述べた和尚は前歯が二、三本無い顔でニッと笑った。
「あんただけやないんや。無理せんでええ。みんなを頼りなされ」
武者小路はうつむきながらも首を縦に振って中に入った。
「ええ娘やな」
殿内はスタスタと歩くと、ある襖の前で地に伏して小さな声で言った。
「清川さま。ツクヨミと戦っている者を連れて参りました」
そして、殿内は返事を待たずに襖をガラッと開けた。
「そうか・・・。中里はいるか」
しかし、武者小路と中沢兄弟、セレネを見た清川の顔が曇った。
「中里は・・・」
「生死不明・・・。生きていたとしても・・・、戦闘を続けられる状況には・・・ない・・・」
武者小路は悔しさに身を震わせるようにしていった。俯いて目に入る木の板だけを見ていたかった。
「そうか・・・。とにかく、入られよ」
武者小路は申し訳なさそうに俯いたまま入った。
「それがしは・・・」
中沢は緊張気味に言った。
「入られよ」
中沢はいわれたらしょうがない、と腹をくくった。
殿内はそのまま礼をすると襖を閉めてその場から去っていった様だった。
清川の部屋は行灯の薄明かりがぼんやりと照らす暗い部屋だった。
武者小路はサッと地に伏すと言った。
「武者小路凪。中里の主でございます。こちらの少女はツクヨミの魔の手に追われている少女、セレネにございます」
「せ、拙者は中沢良之介・・・。こちらは・・・我が弟・・・」
弟と言っても、今の琴の恰好は明らかに女性の者だった。
「まあよい。細かい詮索をする余裕は拙者にもないのでな」
清川は文机から武者小路の方に向きを変えると自己紹介をした。
「拙者は清川八郎。中里の盟友にござり、彼の提案によりこの浪士組を集結させし者にござります」
鋭い眼光が武者小路を貫いた。
「なるほど、いい目をしておられる。確かに中里が言っていた通りやも知れぬ」
清川は武者小路を見つめて言うと、さて、と前置きをして武者小路に尋ねた。
「すまないが、君たちが今日経験した事を話していただけなかろうか」
武者小路は中里と別行動であったこと、芦屋という同行者がいたことを前置きしてから今日自分が見た事を全て話した。
「なんとか、あぶり出しには成功したが・・・、まさかあの中里がか・・・」
清川は顎を撫でて言った。信じられない。
どういう状況下で中里が戦ったのかは不明だが、お庭番衆を全員敵に回してなお互角に戦える男が浪士組と新入りばかりのお庭番衆の連合に屈するはずがない。
そして、土方がその場にいたということは確実に裏で糸を引いているのは近藤だろう。
厄介な相手だ。まぁ、当然といえば当然なのだろう。自分の情報網をすり抜けて行動を起こせる人間と言ったら近藤が一番それに近い。一応芹沢もできなくは無いだろうが、近藤に比べればはるかに見劣りする。
この浪士組の分裂の原因と考えても普通だろう。
まさかあそこまで堂々と自分に敵対の意志を示してなお正体を暴けなかったというのは自分の力不足なのだろう。
清川を目の前にした武者小路はいたたまれない気持ちになった。
それに気づいたのか、清川は手を振った。
「大丈夫だ。この件は実継から聞いて拙者自身が思い立ったのだ。何もお前たちが責任を感じる必要はない」
武者小路はますますいたたまれない気持ちになった。
そして、武者小路は琴とセレネを抱きかかえるような姿勢で壁にもたれ掛かって寝た。
中沢は戻らなければ隊に心配をかけるので、と言って出た。
「拙者もそこまでお送りしよう。少し夜風に当たりたい気分だ」
そして、清川は少し歩いて中沢と分かれると、目つきを険しくして言った。
「武者小路殿、拙者は拙者の犯した罪を償う責任があります」
しばらく歩いていると、物陰に明らかに自分に対して気を放つ人間が潜んでいる事に気がついた。
「誰だ・・・」
清川が足を止めて尋ねるとクックックっという笑みとともに物陰の男は語り出した。
「音に聞こえし浪士組、3番隊に名を連ね、虎なる力と虎なる刀を振るうが己れ」
そういって物陰から姿を現したのは近藤だった。
「貴様っ」
清川の斬撃を軽く避けた近藤は刀を抜いた。
「今宵の虎鉄は血に飢えているぞ」
刀を抜いたか・・・。
近藤が刀を抜くことはまず無い。
近藤の殺意は他者の刀に代弁される。
清川はフッと笑みを浮かべた。
「ゆくぞっ」
近藤の斬撃が大地を走った。
避けるのもかなり厳しい。
しかし、その斬撃を何とか避けきった清川は突進した。
近藤はさらに斬撃を放つ。
清川はその斬撃がまったく自分の方に向けられていないことに気づく。
清川はその隙を使って近藤との間合いを詰める。
近藤はさらに一発地を走る斬撃を放つ。
「残影走弓ッ」
空中から清川の斬撃が降ってくる。
近藤はそれを避けながら後退した。
清川は着地する。
そこから突進して斬撃をかける。
斬。
近藤の肩に亀裂が入る。
二人の男はそこで静止した。
「次で終わりだ」
清川は再び突進する。
「甘いわっ。その程度の進撃、この私が見切れないとでも思っているのかっ」
清川の斬撃を正確に見切り、近藤はその斬撃を的確に防ぐ斬線で刀を構える。
「それを待っていたぁっ」
清川の左袖から小刀が飛び出した。
「飛刀・斬花滅相ッ」
左手から飛び出した刀は正確に近藤の眉間を狙う。
近藤の動きに迷いが生じる。
そのまま左に体を倒す。
清川の斬撃が袈裟懸けに近藤を斬った。
「甘い・・・。その程度であったか、近藤勇」
清川はパチンと音を立てて刀をしまった。
その時、清川は自分が立っている地面が傾いていることに気づいた。
「白牙虎・土楼牙撃ッ」
清川はそのまま空中高くに放り上げられた。
「甘いのはどっちだ。貴様ごときに敗れる拙者ではないわ」
近藤は斬られて裂けた着物を引きちぎった。
幾重にも重ねられた鎖帷子。
清川の攻撃はこれにすべて防がれ、近藤は一切傷を負っていない。
「上一人の気持ちは下万人に通ずと心得よ」
地面に叩きつけられた清川の耳に近藤がそういっているのが聞こえた。




