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月下美人の理  作者: 藤田五郎
揺ルギナキ者
1/13

第一目==月と闇と光と

 文久3年。京都、一条橋。かつては安部晴明が十二神将を封じたといわれる一条橋のたもと。

「ぽっちゃん、ぽっちゃん」

 中里浩は小石を川に投げては自分の声で効果音をつけていた。

 その姿は実にマヌケだった。

「・・・もう、残された時間はない」

 隣に座っていた武者小路は険しそうな表情で言った。

「既に三回襲撃を受けた」

 中里は淡々と武者小路の報告を聞いていた。

 ツクヨミ。奴はそう名乗った。

 武者小路がツクヨミと遭遇した日。

 忘れた日はない。思い出さなかった日もない。

 それはかなり前の事だった。


 母を早くに失った武者小路は乳母の菊と父の公香の愛に包まれて平穏で幸せな日々を送っていた。

 その日、約7年ほど前の三月三日。武者小路は牛車菊と共に揺られていた。

「菊、あそこにあるのはなんじゃ」

 武者小路は白昼の残月を指差してお付きの女性にそう尋ねたものだった。

「あれは月ですよ、凪さま」

 菊は微笑んで言った。しかし、武者小路は納得していない様子で続けた。

「月、月って夜の物じゃないのか?」

「姫様があんまりに可愛いものだからお昼の様子を見にきてくださったのですよ」

「そうか、そうなのか?」

 目を輝かせて菊に尋ねる武者小路は無邪気だったし、明るかった。菊はそんな様子のこの少女を見ているこの瞬間がとてつもなくうれしかった。

「姫様・・・」

「ん、なんじゃ?」

 菊の呼びかけに武者小路が無邪気な笑みと共に返答した。

 そして、その次の瞬間。その笑顔が消える。

 菊の命と共に。

「え・・・」

 顔面の上半分を切り裂かれて吹き飛ばされた乳母の体がドサッと倒れた。

「ぇ・・・いや・・・」

 前を見ると、牛飼いの童も同様にして顔の下半分から血を吹き出している。

 そして牛の巨体もドサッと倒れた。

「その通りですよ。武者小路凪、あなたがあんまりも可愛いので月からお迎えに上がりましたよ」

 耳の生えた頭。顔には獣らしい毛の面影がある。

「月の使者、ツクヨミでございます」

 優雅な仕草で礼をするが、そこに誠意は感じられない。感じるのは悪意と殺意である。

 武者小路は怯えて体を縮めていた。触れたこともない血の温もりは武者小路にとって恐怖を増長させるものでしかなかった。

「いや・・・」

 震える小声で言ったところで何の救いにもならない。しかし、いわずにはいられない。そうすることでしか現実に抗えなかった。

 血の滴る手が武者小路の頭をつかんだ。

 その瞬間。

「そこまでにしてもらおうか」

 ハァハァと言う荒れた呼吸の中で確かにそういっている声が聞こえる。

「貴様・・・誰だ」

 ツクヨミは怪訝そうに振り向いて言った。

「俺か、俺は中里九条だ」

 中里は刀を腰から引き抜いた。

「貴様・・・、それは・・・」

「邪門壊機・龍影搾刀丸ッ」

 中里の持つ刀が鈍い紫の光を放つ。

 刀とツクヨミの腕が交わる。

「・・・貴様か、幻影の言っていたこの地上最強の戦士」

 中里は刀を支点にして回転蹴りを放った。

 ツクヨミの頬に蹴りが炸裂する。

「そんなもんか?ツクヨミ」

 中里は眉を釣り上げて言った。

 しかし、ツクヨミの反応は早かった。

 吹っ飛ばされはしたものの、空中で静止して、中里を見下ろしている。

「これほどの戦闘能力とは思わなかったぞ。中里」

 ツクヨミは中里を見下ろして全身を伸ばしながら言った。

「お前、準備運動は終わったぜ、っつーんだろ?」

「準備運動は終わったぜ」

 ツクヨミは少し遅れてナッ・・・と絶句した。

「隙アリぃっ」

 しかし、ツクヨミは中里の斬撃を軽く受け止めた。

「魂魄連斬刀ッ」

 連撃すらもことごとく両手で裁いていく。

 刃ではない。中里が刀を握っている刀の柄の後ろ。

 そこを手首で抑えて角度を調整する。

 そして全ての斬撃を裁いていく。

・・・こいつの腕は、俺以上だ。

 中里は心の中で舌打ちした。異常な早さの斬撃の連続を全て見切り、その上で裁く。

「無駄だと言うのを理解してくれませんかねぇ」

 ツクヨミはうんざりした顔をしはじめた。

「それがお前の弱点なんだよ」

 中里の左手の拳がツクヨミの脳天に炸裂した。

「グガギャホエッ」

 中里はツクヨミの足元に転がり込んで足払いをかける。

 そして立ち上がりざまにツクヨミの足に斬撃をかける。

 しかし、ツクヨミの爪による斬撃が首筋を中里の首筋を狙う。

 それを何とか刀で防ぐと中里は間合いを広げた。

「人間なめんな月野郎ッ」

 中里は右腕を掴んで言った。

 刀の色は不気味な紫色から夕焼けのような赤に変わり、炎の様な衝撃波を放っていた。

 そして、中里は一瞬で間合いを詰めた。

 ツクヨミは右腕を狙う。

 中里は右腕を引き抜く。

 引き抜いた右腕が掴んでいる刀で切りつける。

 ツクヨミの胸に斜めの斬撃が走る。

「な・・・ぜだ・・・。この・・・私が・・・」

 ツクヨミは現実を受け入れられないといった風に呻いた。

「お前が俺の右腕にご執心なのは分かってるんだよ。だから右腕を俺が引き抜けばお前は確実に動揺する。さらに、右腕の分、攻撃範囲が長くなる」

 満足そうな顔をして中里が説明をした。

 さすがに右腕を引き抜くと痛い。

「どうする。次の一撃でどっちか死ぬ。どちらも死ぬ可能性はあってもどっちも生き残る可能性は無いんだぜ」

 中里はそういって引き抜いた右腕を舐めた。

 中里の不敵な笑みは刀から出る熱で揺らいで恐ろしさを増していた。

 しかし、武者小路の目には写っていた。

 中里の左手に握られた右手が掴む刀に入ったヒビが。根元の辺りに走る不吉な雷光の残響が。

「どうする。どちらかの死に賭けるか。虚偽の安寧に身を浸すか。選びな」

 ツクヨミは胸の傷を抑えて息を荒げている。一方で中里は右腕を斬られつつも、平然と立っている。

 どうみてもこの調子で戦えば自分が死ぬ。

 ツクヨミは苦々しく思いながらもこの現実を受け入れた。

「中里・・・、貴様・・・。後悔するぞ、この私を、ここで生かしておいたことを・・・」

「後悔なら、もうしきってる・・・」

 小声でつぶやいたその言葉は誰の耳にも届かず、ただツクヨミが消えると同時に吹いた一陣の風に流された。 そして、中里の目を一滴のしずくが垂れた。唇を噛み締め、唯一人、自分の右腕を掴んだまま涙を流した。

 それから中里は右腕を無理やり戻した。

「くそ・・・。やっぱ痛すぎるわ・・・」

 中里はそう言ってから弱々しく武者小路に微笑んだ。

 そこまでのことを武者小路は今でも鮮明に覚えている。

 だからこそ、6年に及ぶ激しい修行にも耐えられた。鞍馬の山に押し込められ、天狗に人間の扱いではない非道な扱いを受けたにも関わらず、今もこうして生きている。

 全ては執念。全ては異常なまでに感じる生への渇望。

 それだけが今までの生を生としてきた。

「おい・・・」

 中里の声がきこえたとき、武者小路はそこでやっと自分が涙していた事に気づいた。

「お前・・・まだ決着つけられてないだろ」

 武者小路は黙って涙を振り払った。

「・・・そういうことではない。ただ、・・・」

 中里は唇を噛み締めた。

 武者小路があの日の事を思い出している時。

 中里自身にはかける言葉はない。

 なぜならあの惨劇を巻き起こし、武者小路の同伴者を血祭りにあげた原因。

 それは中里が間に合わなかったからだ。

 何とも言えない雰囲気。

 その瞬間、ザッと砂利を跳ね飛ばして橋から飛び降りてきたものがいた。

「ニャヘヘヘヘヘヘヘ、芦屋さまただいま参上だぜぇ」

 武者小路は芦屋の姿を見て、初めて生で陰陽師を見たと少し驚いた。絵物語などで見かけることはあったし、安部清明などの物語は好んで読んだ。しかし、芦屋の恰好は見ると少し違和感があった。

 それは当然だった。芦屋は陰陽師の服の前をだらしなく開けて猫背な男だったからだ。まして髪も後ろで束ねているものの、そこにまとめられていない髪が長々と顔にかかっていたし、目も獣のような不気味さを放っていた。

「中里ってのは女だったのかよ」

 と言いつつ少しうれしそうな顔をしている芦屋から武者小路を隠すように中里が前にすっと出た。

 しかし、背の高い武者小路は明らかに中里の影に入っていなかった。

「俺が中里だ。何の用だ。後ろでバサバサ人紙飛ばしやがって」

 その瞬間、人の形に折られた紙が一斉に中里の方へ飛び出した。

 中里は平然と自然体で立って紙の動きを見つめていた。

 飛び出した紙は中里を包み始めたが、それでもなお中里は平然とたっていた。

「終わりだ」

 中里の声が響いたのは芦屋の笑い声が響きはじめたその瞬間だった。

 紙が一斉に真っ二つになってバサバサと落ちていった。

「お前、本気ださないで俺に勝とうなんてするなよ」

 芦屋はなるほどなるほどなるほど、と三回ほど繰り替えして頷いた。

「確かにそれはそうかもしれないな。いやはやなんともはやまったくもってこれはこれは」

 芦屋は一人で勝手に納得した風に頷き、手を振るだけで一向に話をする気配が無い。

 武者小路は刀の柄に手をかけた。今なら抜ける気がする。

 武者小路が腰にさしている刀はただの刀ではない。

 邪門壊機・龍影搾刀丸。持ち主の精神を反映する刀。強靭な精神を、迷いなき覚悟を持つ者には強力なる刃を。迷い断てぬ、己が道を背後に探す者には抜くことさえも許されぬ奇刀。覚悟を持ってしても殺意が無ければ抜けないのだが、今目の前でヘラヘラしている芦屋相手に感じる殺意ならこの刀を抜ける。そんな気がした。

「・・・何なんだお前は」

 中里がしびれを切らしたように口にした。

「俺はつい最近までここら辺で陰陽師やってたチンケな野郎だ。そして、今はツクヨミに追われる貧乏人よ」

 中里は笑った。その反応に武者小路は不気味な物を見るような目で中里を見つめた。そして、それは芦屋も同じだった。

「その後ろの奴は何だ。ずいぶんうまくかくしてるが、今の攻撃で右足が出た」

 中里の目は百鬼の様な悪質な目だった。その目に芦屋はさらに悪寒を覚えた。

「やれやれ、お前相手に隠し立てはできないと」

 芦屋は手を素早く動かして印を組んだ。

「宮術・陰・消滅」

 芦屋はそういって地に手をつけると、そのまま中里を見上げた。

「ツクヨミの探し求める奴にとっての何らかの形の『鍵』。その存在自体が奇跡と呼ばれる月の生命体の一個体。通称、セレネだ」

 芦屋の背後の空間に紙切れが球体状に浮き上がり出した。まわりの風景と同化していた術が解け、だんだんと深い闇の空間がその中に広がり出した。

「物質の性質は陽と、それに対をなす陰の二つに大別される。宮術は異空間を発生させ、対象物体を別空間にしまっておく術だが、その陰陽の性質を間違えて入れると簡単に対象物体を消失させることになってしまう」

 いちいちそんな説明する必要もないだろ、と思いつつ、この男はずっと昔からそうしてきたのだろう、と思うと口に出せない武者小路と中里であった。

 球状に広がる漆黒の空間。その夜闇の中から這い出てくる何かに二人は固唾を飲んだ。そして、芦屋はニヒヒッと不気味な笑みを口にした。

「大したもんじゃねえよ。ただ、ツクヨミが狙ってるってだけだ。奴はこれを『鍵』と呼んだが、何に対する鍵なのかすらもよくわからねえ」

 そして、出てきた一人の少女を見て中里と武者小路は唖然とした。

「えぇー・・・」

 もっと恐ろしい者を、想像していたのだが、出てきたのは一人の少女だった。

「なんだよ、その期待はずれで今までもってた期待はどこに行けばいいのー、見たいな顔は」

 芦屋はやれやれと言う風に怯えた様に芦屋の背後に隠れた少女を指差して言った。

「こいつは月面世界にて俺と同じくらいの齢を重ねてきた。しかし、今なお少女のままなのはこの世界になんらかの形の『楔』を置いてきたかららしい。大人の姿を止めておくな。そして、こいつ、そしてその『楔』をツクヨミに渡せば奴は更なる成長をする」

 芦屋はくらい顔をあげて説明を始めた。

「奴の能力は月の満ち欠けによって変化する。新月の場合は人間に、満月の場合は狼に、その間は人と狼の間をさまよう。『楔』を打ち込むことで自身の存在を安定化させれば奴は自身の体をいいように変化させることが可能になる。

 芦屋の言葉は途切れることがなく相手に理解してもらおうという気持ちが一切感じられなかった。

「俺たちはツクヨミに対抗する上で、すべきことは二つ。ツクヨミの差し向ける刺客を撃破すること。そして、

『楔』を撃破もしくは何らかの形でツクヨミが使用不可な状態にすること。これら二つを同時に完遂しなければ少なくともツクヨミに対抗することはおろか、この三千世界そのものが危ういだろうな」

 芦屋が、そのだらしなく着こなされた陰陽師の服装から見ても分かるほどに飄々としていてだらしないもので、この男がいかにいい加減かをよく表しているその男が、やや口調に焦燥を滲ませていた。 

 それはただの焦りでは無かった。日の本が滅ぶという確固たる確証の元にある一つの現実がすぐそこに迫っているという焦りだった。

「もう時間が無いことぐらいはわかっている」

 武者小路は加えた夾竹桃を揺らして言った。

「お前のいう、彼女以外の『楔』は何だ。答えろ」

 芦屋は詰め寄ってきた武者小路に対しても冷静に首を振った。

「俺には分からない。少なくとも、こいつは近づいた際に何らかの反応を示すだろうけど、何でだかしら無いんだけどずいぶん力を失っててよ・・・」

 そのせいで探知はかけられないのよね、と芦屋は苦笑していった。

「一応三種の神器を当たってみたんだけどね・・・」

 芦屋は御所に忍び込んだ始末を思い出して身震いした。晴明が死に際に自分の全術式を発動して元々張ってあった結界にさらに、それだけで日本中が守れる程度の結界を張り直したのだ。しかも、芦屋を徹底的に痛めつける様に仕組んであり、突破を目論んだが、見事に失敗した。

 どれだけ恨んでいるのか知らないが、800年経ってもまだその効力があるとは恐れ入ることだ、と芦屋は心の中で毒づいた。

「俺様は古今最強の陰陽師、芦屋鬼十郎。この世界が生み出した狂気の産物だ」

 芦屋は言うと夜叉の笑みを浮かべた。その口に生え揃った鋭利な牙はもはやこの男が人間ではないことを証明していた。目は獣の様に細い瞳がその大きさを絶え間なく変えていた。

「さぁ、花開く時まで後僅かだ。それまでに蹴りをつけようじゃねえか」

 芦屋はそういって拳を高々と掲げた。

 

 同日。京都守護職にして会津藩主、松平容保は近藤勇と面会していた。

「江戸より先遣隊として上洛をしてまいりました、浪士組の三番隊隊士、近藤勇にございます」

 畳に額をつけるようにして近藤は容保に挨拶をした。

「そうかしこまるな。我々の目的は同じ。多少の身分の違いはあれど、同志であると心得よ」

「ははっ」

 近藤を連れてきた武士は、そんなこたないだろ、あんたの方がずっと偉いだろ、と流し目で容保を見つめて思っていた。

「浪士組本隊到着は数日後を予定しておりますが、先んじて挨拶をさせていただこうとおもいまして、この様な場を儲けていただきました」

 近藤はまた深々と礼をした。

「我々の本隊が到着したのちは、容保さまのお仕事を少なくし、この京の治安の回復に努めて参りたいと思います。つきましては、いささか無礼を承知でお願いがございます」 

 容保は少し顔を変えた。この連中の腹の底がしれん、というのは江戸からの通達で知っている。それゆえに、とんでもない要求を叩きつけられるのではないかと少し不安になったのだ。

「一度、申してみよ。それから考える」

 近藤はハハッと言って礼をしてから言った。

「恐れ多くも申し上げますと、我々は清川八郎を中心として集まった集団にございます。故に、容保様がこちらに口出しをなさるのは極力避けていただき、我々の隊長、清川八郎と我々隊士に自由をお与えくださりたく・・・」

 要は浪士組の自由を認めろという事だ。容保としては今の藩士を束ねていくのにも骨が折れるのに、これ以上わけの分からない人間を200人も抱え込む能力はない、と少々悲観していたので、この申し出は願ったり叶ったりだった。

 まして、自分の知らないところで問題を起こして責任を負わされることだけは避けたかったからだ。

 何かことをしくじっても、彼ら自身の責任となる。

「よい。お前たち浪士組の自由を認める。そして、この京の治安の回復、治安の維持に励み、御上のご意志にそえるような活躍を期待する」

 近藤はひれふして、ありがたき幸せにございます、と言って満面の笑みを浮かべた。

「それと・・・、もう一つ。よろしいでしょうか」

 容保は今度はなんだ、と内心思った。

「第十四代将軍、家茂さまの上洛の前日。我々浪士組が大規模な警備を行いたいのですが・・・」

 ようは手を出すな、と言うことなのだろう。

「それについても心得た。こちらでは極力手出ししない。だが、万が一のことがあった場合には・・・」

「既に一同覚悟はできております」

 容保はならばよい、と言った。

 近藤はまた再び頭を下げて礼を言った。

 近藤がその場を去ると、武士はフゥッとため息をついた。

「どうした」

 容保の問いに武士は慌てたように手を振った。

「い、いえ・・・。なんとなくですが・・・、あの近藤という者、油断ならない様な気がしていて・・・」

 もしかしたらあの男は容保を斬って無理やりにでも京都守護職の座につく、という様な気までもがしていて気が気でなかった、と漏らすと、容保は少し笑ってから言った。

「あの男はそんなことはしない。それだけは確かだ」

「さようでございますか・・・」

 しかし。容保は確信していた。あの男はたとえ自分と目的を同じうしていることを声高に叫ぼうと、たとえ幕府に忠誠を誓っていようと、それを違えさせることなく自分の野望を実行していくだろう。それは、あの目を見ればわかる。容保すらも階段の一段めとしてしか、出発してからの一里塚としか見ていない、あの目線は絶対にそうだ。

「やつらは危険かもしれんな・・・」

「へ?」

 さっきと逆の事を言っている主人の言葉に素っ頓狂な声をあげたのち、武士はその場からそそくさと去っていった。


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