Prologue
その人は、とても美しかった。数時間前、共に食事をし微笑みを交わして別れたあの時と寸分違わず、美しかった。
恐らく口付けができる程に近付けば、呼吸をしていない事は直様分かるだろう。恐らくその元来白い肌から血の気が引いていくのも、体温が薄まっていくのも分かるかもしれない。だが大きな窓から差し込む満月の光だけを頼りに立ち尽くす今、そこにいる彼女はただ深い眠りに就いているだけの、何ら変わりのない美しい女性だった。
二月十一日、午前三時三十分。姫井雪は、二十歳の誕生日と命日を共に迎えた。
「雪が、雪がどうして!!」
「詩園……」
壱さんが詩園さんの肩を抱くのが横目に見えた。咽び泣く声が広い室内に蓄積していく。抱き合う老夫婦、唇を噛む婚約者、棒立ちの執事、崩折れたメイド、拳を握る執事見習い、入口に佇む庭師。イレギュラーな光景が広がっている。
彼女の色をした吐息のような仄甘い空気が悲痛な灰色に侵食されるのを見て、僕は決心した。
僕は探偵だ。だが事件を捜査する、犯行に熟知した探偵ではない。人が無くした物を探す、“探し物探偵”だ。
だから僕はこれから捜索を始める。
“探し物探偵”の名に賭けて、この事件の“真実”を捜索するのだ。