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サイコ×ロジック  作者: 独楽
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コンタクト -001-




 かつて東京と呼ばれた首都。

 惨禍ディザスタによって壊滅を余儀なくされた街。

 消失した数百万の命。

 記憶。

 そんなセンチなテーマに思いを馳せる者は、残念ながらそこにはいなかった。


「大栄は風と共に去りぬ――なんていうか、こういうの見ると、ちょっとわくわくしてこねえ?」


 ブラックの戦闘服を着た男は、周りを見渡し、楽し気に言った。

 50年前に東京湾と呼ばれていた場所には白い広大な砂浜がある。いち早く砂を踏んだ霞臥は、ARV越しにパートナーである憂沙戯に同意をよこした。やや遅れて降下ポッドから出、憂沙戯はいつになくはしゃぎ気味の霞臥の笑顔に呆れる。

 右を見て、左を見る。

 海岸の砂浜は広く、奥には工場か処理施設だろう残骸が見てとれる。街の方面にはやはり風化して朽ちたビルが建ち並んでおり、コンクリが落ち、ところどころ鉄骨を覗かせる柱を木の枝とシダ植物が覆っていた。まるでビル自体が大きな木のようだ。


「……わくわくっていうか、げんなりですよ。なんですか、これ。まさか草刈りしながら進めってんですかね……」


 道路には崩れたビルの破片、錆びてフレームだけになった車両、ヴィンテージ物の多種多様なゴミが転がっている。いずれも白い埃と植物の緑で手厚く覆われていた。こんな環境にも適応できるのだから、植物というモノには感心する。

 ≪惨禍≫が起こる前までは、これらが街というシステムの中で動いていたのだろう。人間がいなくなった街は凄まじい速度で自然に侵されるというが、目の前にある光景は想像以上だった。廃墟という言葉が実にしっくりくる。歴史を知らなければ、200年放置されたと言われてもきっと納得した。捨てられた技術の末路とでも言うべきか……空気には、哀愁と妙な穏やかさが入り混じっている。


「いいじゃねーか、草木をかき分けて進む。それが冒険。それが常識ってもんだろ?」

「そんな非常識な常識なんて知らねーですよ。わたしの常識は『冒険は自宅でベッドに横になりながら』ですし、心の底から切望もします」


 憂沙戯は遠い目をする。

 それゲームだろ、と霞臥が冷静に突っ込みを入れる。

 しかし、廃墟とかゴーストタウンにロマンを見出す輩がいると知ってはいたが、どうやら霞臥がそれにあたるらしい。その感性は憂沙戯には到底理解できそうになかった。それよりも見たことのない生物――ひいては虫とかが飛びまくってる野生の地のほうが、超インドアの憂沙戯にはずっと関心深かった。もちろん、すっげー嫌という意味で。


「……お前たち、いつまでしゃべっている気だ?」


 ハスキーな女性の声。

 声のほうに目をやると、久那霧イリアが剣呑な眦でこちらを見ていた。

 組んだ腕をトントンと指で叩き、明らかに苛立っている風。その剣呑な顔の隣には、三つ四角い箱を合体させたような黒いモノが浮いている。AT-2B13という自立型支援機ドローンだ。


<報告、北西約100メートル地点に生体反応アリ>


 2B13が機銃を展開させつつ、子供のような合成音声で告げる。

 そのほうを見ると、野良犬だろうか、灰色の生き物がこちらを見ていた。


<脅威査定の結果、クリアと判断。対象、ニホンオオカミ、メス、と解析します>

「うぜーですよ。危険じゃねーならいちいち報告しなくていいです」

<了解>


 憂沙戯は悪態付き、バレない程度の溜息を吐いた。

 彼女がげんなりするもう一つの理由は、このイリアの存在だ。

 上司が苦手――というより憂沙戯は、自分より上の存在がイマイチ気に入らない。というか、単に命令されるのが性分に合わないのだ。ついでに言うと、2B13のような機械知性も嫌いだ。


「仲がいいのは結構だが、いまは任務中だ。私語は極力慎め。……憂沙戯、さっさとそれをしまえ」


 上司の命令に応を返し、憂沙戯は砂浜に突き刺さった黒い楕円形のポッド、その側面に触れて思考入力で圧縮コンプする。ポッド情報は、ポケットに入れてある小型ストレージ端末に収納され、後には砂浜に穿たれた穴だけが残った。このポッドは構造的にスマート爆弾に近く、動力を有しいない代わりに、電磁力による外部操作が可能となっている。簡単に言えば、帰りのピックアップ要請で航空支援機に拾い上げてもらえのだ。

 AT-2B13にしろポッドにしろ、本来特殊戦闘要員はこのようなモノを使うことはない。というより、使う必要がある場所に送り込まれない。特殊戦闘員は『天』の社会にとって害となる対象を秘密裏に処理するのが業務であって、このような仕事は業務にない。装備を揃えて敵陣に突入するなど、まるっきり軍隊の仕事だ。

 普段ならデスクワークに勤しんでいるイリアが同行していることも異質と言えば異質である。

 それだけ今回の調査任務が重要かつ重大ということなのだろう――わたし一人で十分だと思うけど。


 ポッドの片付けを済ますと、三人と一基はすぐに行軍を開始した。

 適度な距離を空けて三方に別れる。右に霞臥、左に憂沙戯、しんがりにイリア。2B13は周囲の様子をセンサするため中空に浮かんでいる。

 地に付ける足跡は、砂浜を超えて道路に入っても、三人の後をついて回った。

 どうやらこの白い砂はトウキョー全体を覆っているらしい。見渡す道は雪原のようになっている。踏む感覚は、浅い沼を歩くそれに近い。砂ではないな、と憂沙戯はてきとーな宛をつける。


「なんですかね? これ」

「死骸だよ」


 霞臥が答えた。


「……しがい? 死に骸って書いて?」

「そ、死骸。≪惨禍≫んときに、『暁』がそこらじゅうのシステムを乗っ取ったのは知ってるだろ?」

「まあ、それくらいは」

「『暁』は自分で設計・開発したヒューマノイドに根を張って、社会を管理し易くするため人間の個体数制限を謀った。軍、警察、医療機関も含むすべての回線が落とされて乗っ取られたわけだけれど、とりわけ一番致命的だったのがゴミ処理施設」


 憂沙戯は、ん、と首をひねる。


「ゴミ処理施設? ……なんでしょうか、全然危なそうには聞こえないんですけど……」

「そこでナノマシンが使われてたんだよ。有機物を分解する、今で言うとこの暴食型ナノマシン。施設から故意に漏らされたナノマシンが自己増殖しまくって、この街を喰った。保険であるはずの自死機能アポトーシスも消されちまってて、まあ、手が付けられなくてこの様だ」

「あらぁ、そんな過去が……」

「いや、常識だけどな」

「でしたっけ? えへへー、わたし興味のあることにしか興味がないので」


 霞臥は呆れたように肩を落とした。

 それとは別の理由で憂沙戯も肩を落とす。正確に言えば砂に目を落とした。

 分子機器災害ナノハザード、という言葉と危険性は浮世離れしている憂沙戯も流石に知っていた。ともすれば、この砂すべてがナノマシンと、ナノマシンによって分解された“有機物”によってできていることになる。


「……うわぁ……えんがちょ」


 足の裏に伝わる感触が急に気持ちの悪いものに変わった。そんな気がした。

 しかし、まあ、どんな経緯があろうとも砂は砂だ。総毛が粟立つような話ではあるが、実際にこれを踏み歩いても、“これ”から“それ”を連想することは難しい。


 朽ちて落ちた大きな橋を右手に、しばらく海岸沿いを歩く。

 街の中に入らなかったのは憂沙戯にとっては幸運と言えた。ビルディングの森は文字通り森と化しており、入れば草木や蜘蛛の巣の手厚い歓迎を受けるのは想像するに容易い。警戒のため、手にはツール・マキナを握ってはいるが、その必要性も進んでいくうちに無いように思えてきた。

 ここには自然しかなく、当然のように人間はいない。

 いるとすれば野生動物。

 さっき見かけた狼もそうだが、このトウキョーには野生の動物が何種か生息しているようだった。見たことのない鳥、見慣れない色をした狂暴そうな牛、馬鹿でかい角を生やした鹿、もしかしたら熊とか大型肉食動物もいるかもしれない。

 視界ARを開く。

 幾何学的にマッピングされた地形データを見ると、どうやらこの先は工場区域跡らしかった。2キロほど沿岸に人工島が見える。そこに続く橋は、見るに酷い有様だったが、橋としての機能性は辛うじて維持しているようだった。

 橋の入り口に差し掛かったところで、三人は足を止めた。

 誰かが立っている。


「……誰?」


 一見すると女性に見えた。

 クラッシックな黒ドレス姿の――擬体か、ヒューマノイドか、あるいは生身か――判断はつかないが、いずれにしても廃墟を背景にたたずむには、その風貌はあまりに異様だった。

 憂沙戯はツール・マキナを向け、霞臥は『阿修羅』ユニットふたつを展開。中空の2B13も静かに機銃の銃口を下ろし、その女性の動向を見守る。

 果たして緊張した空気に、けれど当人は気にする風でもなく。


「ようこそいらっしゃいました」


 と、女性は腰の前で両手を結び、丁寧な所作で一礼する。

 ゆっくりと三人を見渡すようにし、最後に憂沙戯を見止めた。

 

「■■■さまがお待ちです。どうぞ、こちらへ」



 補足説明


 作中の≪惨禍≫、その二次災害であるところの、ナノハザード。

 霞臥は説明を端折りましたが、ナノマシンが環境に流失したからといって、一個都市が壊滅するまでの惨事にはおそらく至らないでしょう。

 というのも、ナノマシンも生物であり、いくら分裂できるからといっても、エネルギー補給の問題があります(機械ナノマシンなら更にエネルギーを必要とするためとても現実的ではありません)。故に、無尽蔵に活動できるわけでは決してなく――構成元素の一部が不足すれば増殖はできなくなる。

 なので、壊滅に至るまでになったのは、流出が問題ではありません(十分に問題ですが)。


 問題は流出の後、ナノマシン群が進化し、“有性生殖”による繁殖を得たから(という設定)です。

 有性生殖による遺伝子コードの交換は進化を飛躍的に早めます。突然変異の確立が指数的に上がり、とても人間が管理できるレベルをぶっちぎってしまいました。

 ナノマシンの進化先が全く読めないことは、人間にとって完全に致命的なものでした。目に見えない微細な死神が空気中にウヨウヨしていて、あまつさえそれが進化までするんですから、ちょっとどころじゃなくヤベーです。

 そういうわけで、東京は壊滅しました(という設定)。

 蝕まれてしまった日本はどうすることも出来ませんでしたが、それを知った各国が世界規模のナノハザードを食い止めるため、自死機能を持つ、暴食型ナノマシンを喰うナノマシンを大量に散布しました(という設ry)。その死骸と食べかすが、東京に降り積もった大量の白い砂、というわけです。


 以上、補足説明終わり。 


 

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