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会議が終わり、皆を見送ってから通信を切る。
いくつもの光を点すコンパネを前に、羽衣絹糸は震えながらため息をついた。
目の前には巨大なモノリスがあった。
海上都市の真下――海底に設けられたプラント。
それはまだ記憶に新しい、ポートシティ違法生物事件の舞台となった場所だ。
「……高度AI、『触媒』……」
絹糸は彼方を見上げる。
電気によって膨大な思考を行う機械の『脳』。
いまは落とされ、稼働こそしていないが、目の前にある巨塔は海底プラントを統括し、未来の人類にとって有用になるだろう試験的な実験を行っていた。
多少の邪魔は入ったが、結果は概ね良好だ。
想定以上、とは言えないにしても、“書き加わえる水準には達している”。
情報のお取り寄せが必要だった。
幸いと、ここなら人目につく心配はない。
「≪真紅の絹を織る者≫」
言って、右手を掲げた。
その指先が触れる空間が淡く光り、光が次第に波紋状に揺れ広がっていく。
絹糸が虚数臨界をこじ開けて造り出したのは、別の虚数界面に繋がるバックドアだ。作用量子定数が崩れた穴の向こう側には、白と黒のモノクロノームの世界が広がっている。一歩踏み出せば、この世界から踏み外すことになる。
やがてバックドアが小さくなり、光るミシンのカタチになった。
絹糸は赤い糸を伸ばし、『触媒』へと繋ぐ。




